・・・ 彼女はちらりと牧野の顔へ、侮蔑の眼の色を送りながら、静に帯止めの金物を合せた。「それでも安心して下さい。身なんぞ投げはしませんから、――」「莫迦な事を云うな。」 牧野はばたりと畳の上へ、風俗画報を抛り出すと、忌々しそうに舌・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ その町には、昔からの染物屋があり、また呉服屋や、金物屋などがありました。日は、西に入りかかっていました。少年は、あちらの空のうす黄色く、ほんのりと色づいたのが悲しかったのです。 雨になるせいか、つばめが、町の屋根を低く飛んでいまし・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・佳い締り金物と見えて音も少く、しかもぴったりと厳重に鎖されたようだった。雲の余りの雪は又ちらちらと降って来た。女は門の内側に置いてあった恐ろしい大きな竹の笠、――茶の湯者の露次に使う者を片手で男の上へかざして雪を避けながら、片手は男の手を取・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・なんていう蛮カラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもっ・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ ところが、本当に今年のこっちの冬というのは十何年振りかの厳寒で、金物の表にはキラ/\と霜が結晶して、手袋をはかないでつかむと、指の皮をむいてしまうし、朝起きてみると蒲団の息のかゝったところ一面が真白にガバ/\に凍えている、夜中に静かに・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・それは駅前の金物屋から四、五年前に二円で買って来たものだ。そんなものを褒める奴があるか。」 どうも勝手が違う。けれども私は、あくまでも「茶道読本」で教えられた正しい作法を守ろうと思った。 釜の拝見の次には床の間の拝見である。私たちは・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・木綿をきり売りの手拭を下谷の天神で売出した男の話は神宮外苑のパン、サイダー売りを想わせ、『諸国咄』の終りにある、江戸中の町を歩いて落ちた金や金物を拾い集めた男の話は、近年隅田川口の泥ざらえで儲けた人の話を想い出させて面白い。これの高じたもの・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 扉の裏側には、「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、 ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」と書いてありました。扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いてありました。鍵・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・胡桃割は割るべき胡桃とともに今モスクワじゅうの金物屋から姿を消しているから、ホテルの台所で、ホテルにもたった一つのその道具をかりて、日本にはない砂糖わりという仕事にとりかかる。(大体ソヴェトのホテル住人ぐらい、台所と、率直な家庭的関係を・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 半地下室の窓が二つ、その古金物の堆積に向って開いている。女がならんで洗濯している。そこからは石鹸くさい湯気が立ち上り、窓枠の外の石がぬれている。石の隅に青苔がついていた。 その中庭へ荷馬車が入って来たら蹄の音が高くあたりの鼠色の建・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫