・・・硝子戸棚の下の台に、小さく、カンカンに反くりかえったパンが一切、ぽつねんと金網に載せたまま置いてある。眼を離そうとしても離れず、涙であたりがぼうっと成った。祖母の仕業だ。祖母は朝はパンと牛乳だけしか食べない。発病した朝焼いたまま、のこしたの・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・唸って震えている、巨大なモーターの周囲は油さしやその他にごく必要な部分だけを露出して強い金網で覆ってある。調帯も、万一はずれた時下で働いている者に怪我させそうな場所は鉄板の覆いがかかっている。 更衣所で、男の着る作業服に着かえ、足先を麻・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・ 植木屋を呼んで、朝早くから指図をして、上から烏の入らない様に張ると云ってせっせと、自分で、植木屋が地をならして居る傍で金網を編んで居た弟は、物臭い風付をして庭を歩いて居た隣の主人が、しきりに自分達の方をのぞいて居るのに気がつき出した。・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・高いところの金網ばりの窓に朝の清げな光があるが、其〔三字伏字〕の内は〔七字伏字〕人いきれと影とでどす暗く澱んで、〔二十三字伏字〕蒼い髪の伸びた男の顔と体とが〔五字伏字〕見えるのである。 女の方は幾分明るく、〔九字伏字〕、〔十五字伏字〕あ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・その上に、金網のきれぱしが置かれ、薄く切ったさつまいもが載せられている。まわりに、茶のみ茶碗、鮭カンの半分以上からになったの、手製のパンなどが、ひろげられている。 静かな、すみとおった空気の中に、いもの焼ける匂いが微かに漂いはじめた。・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・丁度その時分から雪が降り出し、私が何かの物音で薄目をあけ、ついでそういう生活の条件の裡ではいつとなし習慣となっている動作で左手の高い窓を見上げると、細かい金網の網目のむこうで雪は益々盛に降りしきっている。次の日とその次の日、私は寝床についた・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・院内の窓という窓には尽く金網が張られ出した。金槌の音は三日間患者たちの安静を妨害した。一日の混乱は半カ月の静養を破壊する。患者たちの体温表は狂い出した。 しかし、この肺臓と心臓との戦いはまだ続いた。既に金網をもって防戦されたことを知った・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫