・・・それでも馬は金輪際売る気がなかった。剰す所は燕麦があるだけだったが、これは播種時から事務所と契約して、事務所から一手に陸軍糧秣廠に納める事になっていた。その方が競争して商人に売るのよりも割がよかったのだ。商人どもはこのボイコットを如何して見・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それにしても聖処女によって世に降誕した神の子基督の御顔を、金輪際拝し得られぬ苦しみは忍びようがなかった。クララはとんぼがえりを打って落ちながら一心不乱に聖母を念じた。 ふと光ったものが眼の前を過ぎて通ったと思った。と、その両肱は棚のよう・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・と叫ぶと見えしが、早くも舳の方へ転行き、疲れたる船子の握れる艪を奪いて、金輪際より生えたるごとくに突立ちたり。「若い衆、爺が引受けた!」 この声とともに、船子は礑と僵れぬ。 一艘の厄介船と、八人の厄介船頭と、二十余人の厄介客とは・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・を抜かす様な事は決して決して金輪際無いのである。何の抑揚もなく、丁度生暖い葛湯を飲む様に只妙にネバネバする声と言葉で、三度も四度も繰かえされてはどんな辛棒の良いものでもその人が無神経でない限り腹を立てるに違いない。 斯うなると、菊太と祖・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・予定した汽車に乗れないどころか、いつの汽車にのれるか当もないのに、しかし列をはなれたら金輪際切符は買えないのだから暑中の歩道に荷物を足元におき、或はそれに腰かけて苦しそうに待っている老若男女の姿は、確に見る人々の心に、何となしただごとではな・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫