・・・ 又 わたしは金銭には冷淡だった。勿論食うだけには困らなかったから。 又 わたしは両親には孝行だった。両親はいずれも年をとっていたから。 又 わたしは二三の友だちにはたとい真実を言・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ただ神仏は商人のように、金銭では冥護を御売りにならぬ。じゃから祭文を読む。香火を供える。この後の山なぞには、姿の好い松が沢山あったが、皆康頼に伐られてしもうた。伐って何にするかと思えば、千本の卒塔婆を拵えた上、一々それに歌を書いては、海の中・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、忽ち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。……… 李小二は、この雨銭の中に、いつまでも、床に這ったまま、ぼんやり老道士の顔を見上げていた。 下 李小二は、陶朱の富を・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・お前たちの母上は亡くなるまで、金銭の累いからは自由だった。飲みたい薬は何んでも飲む事が出来た。食いたい食物は何んでも食う事が出来た。私たちは偶然な社会組織の結果からこんな特権ならざる特権を享楽した。お前たちの或るものはかすかながらU氏一家の・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・…… 既に、何人であるかを知られて、土に手をついて太夫様と言われたのでは、そのいわゆる禁厭の断り悪さは、金銭の無心をされたのと同じ事――但し手から手へ渡すも恐れる……落して釵を貸そうとすると、「ああ、いや、太夫様、お手ずから。……貴女様・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・いう日本の古美術品も其実三分の一は茶器である、然るにも係らず、徒に茶器を骨董的に弄ぶものはあっても、真に茶を楽む人の少ないは実に残念でならぬ、上流社会腐敗の声は、何時になったらば消えるであろうか、金銭を弄び下等の淫楽に耽るの外、被服頭髪・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・といってゆくものもあれば、なかには、売ってくれぬかといったものもありますけれど、おじいさんは、「これは、金銭では売られない代物だ。」といって、断ったのでありました。 ところが、おじいさんのかわいがっている正坊が、重いかぜをひいて臥ま・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・このとき、しんぱくは、命を賭けて取り、育ててくれたほどの人が、金銭で売ってしまった、その愛について疑わずにはいられなかったのでした。しかし、これが人間社会の掟でもあろうかと思ったのであります。 ついに、しんぱくは、岩頭のかわりに、紫檀の・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・大阪生れだという意味ではない。金銭にかけると抜目がなくちゃっかりしていると、軽蔑しているのである。辻という姓だから、あの男は十にしんにゅうをかけたような男だと、極言するひとさえいる位だ。 それはひどいと私はそんな噂を聴いた時思った。しか・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ いかにおれの精神が腐っていたからといって、まさか恋敵のお前を利用して、金銭欲を満足させようなどとは、思いも寄らぬ、実はそれと反対、恋敵のお前に儲けさせてやりたい気持だった。この気持はそのまま、お千鶴に貧乏の苦労をさせたくないという、わ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫