・・・「島山鳴動して猛火は炎々と右の火穴より噴き出だし火石を天空に吹きあげ、息をだにつく隙間もなく火石は島中へ降りそそぎ申し候。大石の雨も降りしきるなり。大なる石は虚空より唸りの風音をたて隕石のごとく速かに落下し来り直ちに男女を打ちひしぎ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・急造の穴の掘りようが浅いので、臭気が鼻と眼とをはげしく撲つ。蠅がワンと飛ぶ。石灰の灰色に汚れたのが胸をむかむかさせる。 あれよりは……あそこにいるよりは、この闊々とした野の方がいい。どれほど好いかしれぬ。満洲の野は荒漠として何もない。畑・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・どこかに穴か、溝か、畠か、明家がありはしないかと思ったのである。そんな物は生憎ない。どこを見ても綺麗に掃除がしてある。片付けてある。家がきちんと並べて立ててある。およそ十二キロメエトルほど歩いて、自動車を雇ってホテルへ帰った。襟の包みは丁寧・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・いわゆる見やすい観念などと称するものは、例の『常識』『健全な理知』と称するものと同様にずいぶん穴だらけなものかと思います。」 この返答で聴衆が笑い出したと伝えられている。この討論は到底相撲にならないで終結したらしい。 今年は米国へ招・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 私はとても不思議な気がして、林の顔を穴があくほどみた。そしてこの子が何でもない顔をしているんで、いよいよ不思議だった。 しかし林が英語が上手なのは真実だった。六年のとき、私達の学校を代表して、私と林は「郡連合小学児童学芸大会」にで・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・半ば朽ちた其幹は黒い洞穴にうがたれ、枯れた数条の枝の悲しげに垂れ下った有様。それを見ただけでも、私は云われぬ気味悪さに打たれて、埋めたくも埋められぬと云う深い深い井戸の底を覗いて見ようなぞとは、思いも寄らぬ事であった。 敢て私のみではな・・・ 永井荷風 「狐」
・・・赤は地鼠の通った穴を探し当てたものか蕎麦の中を駈け歩いた。赤の体が触れて蕎麦の花が先へ先へと動いた。暫く経つと赤はすっと後足で蕎麦の花の中から立つ。そうして文造を見つけていきなりばらばらと駈けて来る。鼻先は土で汚れて居る。赤は恐ろしい威勢の・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と拇指で向脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に一簣を加える。加えぬと足らぬ、加えると危うい。思う人には逢わぬがましだろ」と羽団扇がまた動く。「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて澄ましている。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・私は余り出し抜けなので、その男の顔を穴のあく程見つめていた。その男は小さな、蛞蝓のような顔をしていた。私はその男が何を私にしようとしているのか分らなかった。どう見たってそいつは女じゃないんだから。「何だい」と私は急に怒鳴った。すると、私・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・友人が笑って、鈎の先で腹に穴を開けたら、プスウと空気の抜ける音がして、破れた風船のようにしぼんでしまった。 河豚は生きているのを料理するよりも、死んで一日か二日経ってからの方がおいしい。料理法は釣る方とは関係がちがうから省くが、河豚釣り・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
出典:青空文庫