・・・私はそういう由来については知らないし、心で、契月がこういう鈍感な雲と月とを描くのであろうかと思っていたところだったので。 ゆうべ、八時頃、下から登って来たら、バスの女車掌が運転手と、あした、八百名、自由行動だってさ、晴れたら歩くだろう、・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・子供だって、きらいなやつに面白いお話しをせがむような鈍感な間違いはしないわ。 寿江子が昨日電話を寄越してあちらは終日雪だそうです。東京は街の黄色い葉を落して強い雨降りでしたが。佐藤先生のところへ手紙を寄越して、色々気持の病的なところを訴・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・真柄さんは獄中の事実を書く時、生来の陽気性と親ゆずりの鈍感性のため、獄中生活が一生を左右する程のききめをもたなかったから、さも親しそうに監獄の生活について話せると云っておられるが、全文に微妙な神経質さ、嫌悪、その反動としての皮肉的語気が仄見・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・時代の知性の特色は帰趨を失った知識人の不安であるとされ、不安を語らざる文学、混迷と否定と懐疑の色を漉して現実を見ない文学は、時代の精神に鈍感な馬鹿者か公式主義者の文学という風になった。そして、この不安の文学の主唱者たちは、不安をその解決の方・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・よく作家活動に関して昨今のような世の中で不安や動揺や憂鬱を感じないのは鈍感だといわれる言葉を聞いたりしますけれど、私の正直な感想はそういう言葉そのものがかえってある鈍感さを示している気がしますね。苦しいとか、重荷があるというのは、こんにちで・・・ 宮本百合子 「女流作家多難」
・・・の中であの特徴のある敏感な可愛いナターシャが、当時のロシアの上級階級のいざこざの間に幾つかの恋愛を経験しながら最後はピエールの妻となって、だんだん鈍感になり、ふとり、次から次へと子供を持って歌いもせず考えもしない客間と子供部屋だけの存在とな・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・のは、日常の現実生活は全く受動的な条件で、最低のところまで引き下がって暮し、インテリゲンツィアの要求として夜は屑屋の車を片づけてギリシャ哲学の本を読んでいる、そのような実際生活上の分裂と薄弱さに対して鈍感になるということを意味するのであるな・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・例えば娘の身売りを平気でさせる「貞操に関する観念の極めて鈍感であることを」改善しなければならぬ。「真理道場の第一の使命を農村文化の向上において、科学、哲学、宗教に関する真理文庫をつくったり」、講習をしたりすること、健康増進をはかりたい等説明・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・ たとえ娘の室は立派に独立していたとして、余程鈍感な娘さんならともかく、さもなければ、やはり、友達のものではない周囲の支配的な雰囲気に対して、居馴染みかねるものがある。お嬢さんをきらい娘という呼びかたをこのむ心理はここにもお互に作用して・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・の人生に自分たちの欲望しか認めず、自分たちの希望の成就しか目ざさずそのために未来は人間のよろこびとなる存在であったかもしれない稚く美しく哀れな生命の幾つかが圧しつぶされ、壊滅してゆくことについては全く鈍感に生活している。「青春彷徨」で云って・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫