・・・口下手ではあり、行動は極めて鈍重だし、そこは笠井さんも、あきらめていた。けれども、いま、おのれの芋虫に、うんじ果て、爆発して旅に出て、なかなか、めちゃな決意をしていた。何か光を。 下諏訪まで、切符を買った。家を出て、まっすぐに上諏訪へ行・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 勝治は父に似ず、からだも大きく、容貌も鈍重な感じで、そうしてやたらに怒りっぽく、芸術家の天分とでもいうようなものは、それこそ爪の垢ほども無く、幼い頃から、ひどく犬が好きで、中学校の頃には、闘犬を二匹も養っていた事があった。強い犬が好き・・・ 太宰治 「花火」
・・・この花壇を眺める者すべて、私の胸の中の秘めに秘めたる田舎くさい鈍重を見つけてしまうにきまって居る。扇型。扇型。ああ、この鼻のさきに突きつけられた、どうしようもないほど私に似ている残虐無道のポンチ画。 お隣りのマツ子は、この小説を読み、も・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・次郎兵衛の風貌はいよいよどっしりとして鈍重になった。首を左か右へねじむけてしまうのにさえ一分間かかった。 肉親は血のつながりのおかげで敏感である。父親の逸平は、次郎兵衛の修行を見抜いた。何を修行したかは知らなかったけれど、何かしら大物に・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・これも粗末ではあるが、鼠色がかった白釉の肌合も、鈍重な下膨れの輪郭も、何となく落ちついていい気持がするので、試しに代価を聞いてみると七拾銭だという。それを買う事にして、そして前の欠けた壷と二つを持って帰ろうとするが、主人はそれでも承知してく・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・この静的が時にはあまりに鈍重の感があっていささか倦怠を招くような気のすることもあった。たとえばだいじのむすこを毒殺された親父の憂鬱を表現する室内のシーンでもその画面の明暗の構図の美しさはさまにレンブラントを想起させるものがあるが、この場面の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大な体躯となんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが、鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍で隼のような気魄のひらめきが見える。どこか昔日の力士逆鉾を思い出さ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 配役の選択がうまい。鈍重なスコッチとスマートなロンドン子と神経質なお坊っちゃんとの対照が三人の俳優で適当に代表されている。対話のユーモアやアイロニーが充分にわからないのは残念であるが、わかるところだけでもずいぶんおもしろい。新入りの二・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・挙動は敏活でなくてむしろ鈍重なほうであったが、それでいて仕事はなんでも早く進行した。頭がいいからむだな事に時を費やさないのである。そうして骨身を惜しむ事を知らないし、油を売る事をしらなかったせいであろう。 自分は彼女の忠実さに迷惑を感ず・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・また、行動がすこぶる鈍重だから、一度見つけると、たいていは釣れる。ほとんど技術も入らない。しかし、釣りあげられても悠々たるもので、すこしもあばれない。鯉はマナイタの上にのせられると動かなくなるといわれているが、それは覚悟を定めての上で、ドン・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
出典:青空文庫