・・・強さ、重さ、鈍重さの美を素朴な美しい木造の柱や何かにいかさず、ああいう土蔵づくりに間違えてしまったところ、実に微妙で複雑な歴史性の反映です。建築上の民族的特質というものについての勘ちがいがある。Y氏の愛する木食上人の木像は、ああいう家に住む・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・如何程鋭利に研かれた小刀も其を動かす者の心の力に依って鈍重な木片となる事を私共は知らなければならないのでございます。 斯様に考えて来ると、私共は、米国女性一般が果して、彼女等の権能を如何程までの反省を以て把持して居るだろうかと思わずには・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 田舎素封家の漫画的鈍重さ、若い軽やかな妻の無内容な怠惰さ、そして職業婦人が或る皮肉をもって裸一貫であることを作者は諷刺しようとしたのかも知れないということは分るけれども、例えば職業婦人がその性格を発揮するのは職場での仕事においてである・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・顔だちとしては、一人一人が別の自分の顔立ちをもってはいるけれども、奇妙な無表情の鈍重さが、どの顔にも瀰漫している。医大の制帽の下の眉の濃い顔の上にも。無帽で、マントをきた瘠せた青年の顔の上にも。しかも、その顔々は、図書館の広間に集り、街頭に・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ ○段々夜あけが近づいて来るにつれて、今まで灰色だった鈍重な窓がらすはいつか透明なコバルト色になり、その堅い、半透明なコバルト色の硝子の上にうつる、黄色の微かな灯のかげが彼女には、何とも云えない新鮮な、晴々とした気分を与える。 ・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
・・・新感覚が清少納言に比較して野蛮人のごとく鈍重に感じられると云うことは、清少納言の官能が文明人のごとく象徴的混迷を以って進化することが不可能であったと感じられることと等しくなる。生活の感覚化 或る人は云う。「感覚派も根本から感・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・彼には、あの砲弾のような鮪の鈍重な羅列が、急に無意味な意味を含めながら、黒々と沈黙しているように見えてならなかった。 十 この日から、彼は、彼の妻を苦しめているものは事実果してこの漁場の魚か花園の花々か、そのどち・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そのべたべたと押し重なった鈍重な銅色の体積から奇怪な塔のような気品を彼は感じた。またその市街の底で静っている銅貨の力学的な体積は、それを中心に拡がっている街々の壮大な円錐の傾斜線を一心に支えている釘のように見え始めた。「そうだ。その釘を・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫