・・・正面に、エレベエタアの鉄筋が……それも、いま思うと、灰色の魔の諸脚の真黒な筋のごとく、二ヶ処に洞穴をふんで、冷く、不気味に突立っていたのである。 ――まさか、そんな事はあるまい、まだ十時だ―― が、こうした事に、もの馴れない、学芸部・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・白木屋の火事の時に、屋上が焼け落ちるかもしれないと言っておどかす途方もない与太郎があったそうであるが、鉄筋コンクリートの岩山は火には決して焼けくずれない。しかも熱伝導がきわめて悪いから下で半日焼けても屋上でははき物をはいた足の裏を焼けどする・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・また器械の廻転軸の捻れを直接光学的に読み取るトーションメーターの考案も最も巧妙なものとして帝国学士院から授賞されたものである。また鉄筋コンクリートで船を造る場合に主応力の方向に鉄筋を入れるという最も合理的な施工法に関する特許を得ている。地震・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・尤もこの最後のものは古くなったためもいくらかあるのである。鉄筋構造のものは勿論無事であった。 このように建築法は進んでも、それでもまだ地を相することの必要は決して消滅しないであろう。去年の秋の所見によると塩尻から辰野へ越える渓谷の両側の・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 近来は鉄筋コンクリートの住宅も次第にふえるようである。これは地震や台風や火事に対しては申しぶんのない抵抗力をもっているのであるが、しかし一つ困ることはあの厚い壁が熱の伝導をおそくするためにだいたいにおいて夏の初半は屋内の湿度が高く冬の・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・これがドイツへはいると、たちまちに器械化数学化した鉄筋式リアリズムになるのが妙である。 ヒアガルの絵のように一幅の画面に一見ほとんど雑然といろいろなものを気違いの夢の中の群像とでもいったように並べたのがある。日本人でもこのまねをするあほ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫