・・・まったさんた・まりや姫は、金糸銀糸の繍をされた、襠の御姿と拝み申す。」 奉行「そのものどもが宗門神となったは、いかなる謂れがあるぞ。」 吉助「えす・きりすと様、さんた・まりや姫に恋をなされ、焦れ死に果てさせ給うたによって、われと同じ・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・ 真綿をスイと繰ったほどに判然と見えるのに、薄紅の蝶、浅葱の蝶、青白い蝶、黄色な蝶、金糸銀糸や消え際の草葉螟蛉、金亀虫、蠅の、蒼蠅、赤蠅。 羽ばかり秋の蝉、蜩の身の経帷子、いろいろの虫の死骸ながら巣を引ひんむしって来たらしい。それ等・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・――人目しのぶと思えども羽はうすもの隠されぬ―― それも一つならまだしもだけれど、一つの尾に一つが続いて、すっと、あの、羽を八つ、静かに銀糸で縫ったんです、寝ていやしません、飛んでいるんですわね。ええ、それをですわ、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ここのナンバーワンは誰かと訊いて、教えられたテーブルを見ると、銀糸のはいった黒地の着物をいちじるしく抜襟した女が、商人コートを着た男にしきりに口説かれていた。呼ぶとすらりとした長身を起して傍へ来た。豹一はぱっと赧くなったきりで、物を言おうと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ その時の本番が静子で、紫地に太い銀糸が縦に一本はいったお召を着たすらりとした長身で、すっとテーブルへ寄って来た時、私はおやと思った。細面だが額は広く、鼻筋は通り、笑うと薄い唇の両端が窪み、耳の肉は透きとおるように薄かった。睫毛の長い眼・・・ 織田作之助 「世相」
・・・立ち続く峰々は市ある里の空を隠して、争い落つる滝の千筋はさながら銀糸を振り乱しぬ。北は見渡す限り目も藐に、鹿垣きびしく鳴子は遠く連なりて、山田の秋も忙がしげなり。西ははるかに水の行衛を見せて、山幾重雲幾重、鳥は高く飛びて木の葉はおのずから翻・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・きざっぽく、どうしても子供の鎧、金糸銀糸。足なが蜂の目さめるような派手な縞模様は、蜂の親切。とげある虫ゆえ、気を許すな。この腹の模様めがけて、撃て、撃て。すなわち動物学の警戒色。先輩、石坂氏への、せめて礼儀と確信ございます。」 われ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 竹青に手をひかれて奥の部屋へ行くと、その部屋は暗く、卓上の銀燭は青烟を吐き、垂幕の金糸銀糸は鈍く光って、寝台には赤い小さな机が置かれ、その上に美酒佳肴がならべられて、数刻前から客を待ち顔である。「まだ、夜が明けぬのか。」魚容は間の・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ ちらと見ると、浅黄色のちりめんに、銀糸の芒が、雁の列のように刺繍されてある古めかしい半襟であった。「晴れないかな。」そろそろポオズが、よみがえって来ていた。「ええ。お草履じゃ、たいへんでしょう。」「よし。のもう。」 そ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 目に余る贅沢 金銀の使用がとめられている時代なのにデパートの特別売場の飾窓には、金糸や銀糸をぎっしり織込んだ反物が出ていて、その最新流行品は高価だが、或る種の女のひとはその金めだろうけれどいかつい新品を身につ・・・ 宮本百合子 「女性週評」
出典:青空文庫