・・・ 銀色の紐を通した一組七枚重ねの、葉形カードに仕上げて、キャバレエの事務所へ届けに行くと、一組分買え、いやなら勘定から差引くからと、無理矢理に買わされてしまった。帰って雇人に呉れてやり、お前行けと言うと、われわれの行くところでないと辞退・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・黙々とした茅屋の黒い影。銀色に浮かび出ている竹藪の闇。それだけ。わけもなく簡単な黒と白のイメイジである。しかしなんという言いあらわしがたい感情に包まれた風景か。その銅板画にはここに人が棲んでいる。戸を鎖し眠りに入っている。星空の下に、闇黒の・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・広々とした河水がまぶしいような銀色の光を放つようになる。みんなが云い合せたように目を小さくつぶらなくてはならないほど光を放つようになる。そのうち天から暖かい黄金がみなのジャケツの上に降って来て、薄い羅紗の地質を通して素肌の上に焼け付くのであ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・冬になって木々のこずえが、銀色の葉でも連ねたように霜で包まれますと、おばあさんはまくらの上で、ちょっと身動きしたばかりでそれを緑にしました。実際は灰色でも野は緑に空は蒼く、世の中はもう夏のとおりでした。おばあさんはこんなふうで、魔術でも使え・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・アンリ・ベックを知らなくても、アンドレア・デル・サルトを思い出せなくっても、笠井さんは、あの三角に尖った銀色の、そうしていま夕日を受けてバラ色に光っているあの山の名前だけは、知っている。あれは、駒が岳である。断じて八が岳では、ない。わびしい・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・床柱に、写楽の版画が、銀色の額縁に収められて掛けられていた。それはれいの、天狗のしくじりみたいな、グロテスクな、役者の似顔絵なのである。「似ているでしょう? 先生にそっくりですよ。きょうは先生が来るというので、特にこれをここに掛けて置い・・・ 太宰治 「母」
・・・斜めに日光にすかして見ると、雲母の小片が銀色の鱗のようにきらきら光っていた。 だんだん見て行くうちにこの沢山な物のかけらの歴史がかなりに面白いもののように思われて来た。何の関係もない色々の工場で製造された種々の物品がさまざまの道を通って・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 始めに小さな包のようなものを筒口へ投り込んで、すぐその上へ銀色をした球を落し、またその上へ、掌から何かしら粉のようなものを入れる。次にチョッキの隠袋から、何か小さなものを出して、火縄でそれに点火したのを、手早く筒口から投げ入れると、半・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・その上をかすめて時々何かしら小さな羽虫が銀色の光を放って流星のように飛んで行く。 それよりも美しいのは、夏の夜がふけて家内も寝静まったころ、読み疲れた書物をたたんで縁側へ出ると、机の上につるした電燈の光は明け放された雨戸のすきまを越えて・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・鋲の色もまた銀色である。鋲の輪の内側は四寸ばかりの円を画して匠人の巧を尽したる唐草が彫り付けてある。模様があまり細か過ぎるので一寸見ると只不規則の漣れんいが、肌に答えぬ程の微風に、数え難き皺を寄する如くである。花か蔦か或は葉か、所々が劇しく・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫