・・・ もうこれ以上飲めないと思って、バーを切り上げて来たんだから、銀銅貨取り混ぜて七八十銭もあっただろう。「うん、余る位だ。ホラ電車賃だ」 そこで私は、十銭銀貨一つだけ残して、すっかり捲き上げられた。「どうだい、行くかい」蛞蝓は・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・大方己のために不思議の世界を現じた楽人は、詰らぬ乞食か何かで、門に立って楽器を鳴らしていたのが、今は曲を終ったので帽子でも脱いで、その中へ銅貨を入れて貰おうとしているのだろう。この窓の下の処には立っていない。どうも不思議だ。何処にいるのか知・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・なぜなら、この森が私へこの話をしたあとで、私は財布からありっきりの銅貨を七銭出して、お礼にやったのでしたが、この森は仲々受け取りませんでした、この位気性がさっぱりとしていますから。 さてみんなは黒坂森の云うことが尤もだと思って、もう少し・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・と云いながら、一生けん命糸をたぐり出して、それはそれは小さな二銭銅貨位の網をかけました。 夜あけごろ、遠くから蚊がくうんとうなってやって来て網につきあたりました。けれどもあんまりひもじいときかけた網なので、糸に少しもねばりがなくて、蚊は・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ 洋傘直しは帽子をとり銀貨と銅貨とを受け取ります。「ありがとうございます。剃刀のほうは要りません。」「どうしてですか。」「お負けいたしておきましょう。」「まあ取って下さい。」「いいえ、いただくほどじゃありません。」・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・車屋へお金をはらおうと思うと銅貨が一つ足りなかった。 柱のベルをはげしくならすと、「お帰りなさった。と云う声が聞えると女達は私のわきに泣きころげた。「どうなの? え、どうなのよ。 震えて口が利けない様だっ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・畳の上へ賽銭箱をバタン、こっちへバタンと引っくりかえすが出た銅貨はほんのぽっちり。今度は正面の大賽銭箱。すのこのように床にとりつけてある一方が鍵で開くらしい。年よりの男が大きい昔ながらの鍵をガチャガチャ鳴らしてあちら向きに何かしている。白木・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・おできのあとか何か、頭の殆ど中央に一銭銅貨位のおはげがあるのが皆をやたらに笑わせる。ロシア人はパンをくれと云う事を、 メリゴスゴスと云うと私に教えた。そんな事はないだろうと云ってもきかない。私のきいたのに間違の有ろうはずがな・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 母さえ幾らか打ち興じて、テーブルの上に大きい厚い五十銭銀貨を一枚先頭に置いて次にそれより小さい二十銭の銀貨、ちびな十銭、白銅が二枚、でっくりの二銭銅貨、一銭、あとぞろりとけちな五厘銅貨を並べた。「ふーむ」 到頭一円を、百銭にし・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・ 彼は漸く浮き上った心を静に愛しながら、筵の上に積っている銅貨の山を親しげに覗くのだ。そのべたべたと押し重なった鈍重な銅色の体積から奇怪な塔のような気品を彼は感じた。またその市街の底で静っている銅貨の力学的な体積は、それを中心に拡がって・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫