・・・非常に不器用な子供の描いたようなところがあると思うとまた非常に巧妙な鋭利なところがある。不細工な粗放な線が出ているかと思うとまた驚くべく繊巧な神経的な線が現われている。云わば一つの線の交響楽のようなものではあるまいか。快活、憂鬱、謹厳、戯謔・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・但しそれは何も作家の学問的知識から生れたものでなくて、芸術家としての鋭利な直感によるのが普通ではあろうが、ともかくもそこに現われているものは立派な科学的事実でしかも吾人にとって新しいものである。そうでない場合には浅墓な三面記事と選むところは・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・デカルトのかかる考といい、ライプニッツの予定調和といい、時代性とはいえ、鋭利なる頭脳に相応しからざることである。デカルトの如く我々の自己を独立の実体と考える時、神の存在との間に矛盾を起さざるを得ない。デカルトは「第三省察」において神の存在を・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・その愈々鋭利なるほど、愈々公明に我等はこれに答えんと欲する。これ大祭開式の辞、最後糟粕の部分である。祭司次長ウィリアム・タッピング祭司長ヘンリー・デビスに代ってこれを述べる。」 拍手は天幕もひるがえるばかり、この間デビスはただよろよろと・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・今日プロレタリア作家に課せられている任務は、あらゆる芸術的技術を統一し練磨し、階級性の集注的表現=プロレタリアートの組織の基本的線に従属させ、その独特で鋭利な武器となるべき時にあるからである。「樹のない村」で読者は直接農民委員会、または・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・佐橋甚五郎が小姓だったとき同じ小姓の蜂谷を殺害したそのいきさつも、その償として甲斐の甘利の寝首を掻いた前後のいきさつも、主人である家康の命には決してそむいていないのだが、やりかたに何とも云えぬ冷酷鋭利なところがあって、家康は手放しては使いた・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・如何程鋭利に研かれた小刀も其を動かす者の心の力に依って鈍重な木片となる事を私共は知らなければならないのでございます。 斯様に考えて来ると、私共は、米国女性一般が果して、彼女等の権能を如何程までの反省を以て把持して居るだろうかと思わずには・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ゴーリキイは感受性の鋭い、智的というより感覚的な作家であって、目撃した人間の微細な動作、声や目の感じなど鋭利にとらえているけれども、人間と人間との輪廓、人間と人間との間に生じている遠近法などの把握では、常に何か茫漠としている。そういう部分が・・・ 宮本百合子 「長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ」
・・・ 四畳半には鋭利な刃物で、気管を横に切られたお蝶が、まだ息が絶えずに倒れていた。ひゅうひゅうと云うのは、切られた気管の疵口から呼吸をする音であった。お蝶の傍には、佐野さんが自分の頸を深くえぐった、白鞘の短刀の柄を握って死んでいた。頸動脉・・・ 森鴎外 「心中」
・・・Hegel 派の極左党で、無政府主義を跡継ぎに持っている Max Stirner の鋭利な論法に、ハルトマンは傾倒して、結論こそ違うが、無意識哲学の迷いの三期を書いた。ニイチェの「神は死んだ」も、スチルネルの「神は幽霊だ」を顧みれば、古いと・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫