・・・殊に後者の場合は、前に述べた観察と錯綜し纒綿する。 思索の分野は、実に無限である。人生自然の零細な断片的な投影に過ぎないものでも、それはわれ/\の注意力如何によって極めて微妙な思想へまで導いてゆくものである。 読むことから、そして見・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・それが実に呼吸をつく間もない短時間に交互錯綜してスクリーンの上に現滅するのである。 昨年見た「流行の王様」という映画にも黒白の駝鳥の羽団扇を持った踊り子が花弁の形に並んだのを高空から撮影したのがあり、同じような趣向は他にもいくらもあった・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・この光景の映写の間にこれと相錯綜して、それらの爆撃機自身に固定されたカメラから撮影された四辺の目まぐるしい光景が映出されるのである。この映画によってわれわれの祖先が数万年の間うらやみつづけにうらやんで来た望みが遂げられたのである。われわれは・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・この光景の映写の間にこれと相錯綜して、それらの爆撃機自身に固定されたカメラから撮影された四辺の目まぐるしい光景が映出されるのである。この映画によって吾々の祖先が数万年の間羨みつづけに羨んで来た望みが遂げられたのである。吾々は、この映画を見る・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 錯綜した事象の渾沌の中から主要なもの本質的なものを一目で見出す力のないものには、こうした描写は出来ないであろう。これはしかし、俳諧にも科学にも、その他すべての人間の仕事という仕事に必要なことかもしれないのである。 西鶴について・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・しかし黒人になればたぶんただ一面のちゃぶ台、一握りの卓布の面の上にでもやはりこれだけの色彩の錯綜が認められるのであろう。それほどになるのも考えものであるとも思うが、しかしたとえ楽しみ事にしろやっぱりそこまで行かなければつまらないとも思う。・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ある期間だけ継続する週期的現象の群が濫発的に錯綜して起る時がそうである。 これはただ一つの類例に過ぎないが、厄年の場合でも材料の選み方によってはあるいは意外な結果に到着する事がないものだろうか。例えば時代や、季節や、人間の階級や、死因や・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ これらの事実の関係ははなはだ錯綜していて、考えても考えても、考えが隠れん坊をして結局わからなくなるのである。時代は進むばかりであとへはもどらないはずであるが、時代の波の位相のようなものはほぼ同じことを繰り返すのかもしれない。しかしただ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ このようにして、前句と後句とは言わばそれぞれが錯綜した網の二つの結び目のようなものである。また、水上に浮かぶ二つの浮き草の花が水中に隠れた根によって連絡されているようなものである。あるいはまた一つの火山脈の上に噴出した二つの火山のよう・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・上げた二つの入り乱れたる経路、すなわちできるだけ労力を節約したいと云う願望から出て来る種々の発明とか器械力とか云う方面と、できるだけ気儘に勢力を費したいと云う娯楽の方面、これが経となり緯となり千変万化錯綜して現今のように混乱した開化と云う不・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫