・・・きのう深田久弥に逢って来たと言い、日本人の作家には全く類がないくらいの、文学でないホオム・ライフを持っていて、あまり温順なので、こちらが腹の中で深田久弥の間抜野郎と呟いて笑っているようなひどくいけない錯覚がひらひらちらついて困惑するほど、そ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・君は、なにか錯覚に墜ちている。僕を、太陽のように利用し給え。この手紙を正当に最後のものにするかも知れぬ。僕は頑固者は嫌いである。それは黙殺にしか値しない。それは田舎者だ。『君は何を許し難かったのか。』恥かしがらずに僕に話して見給え。はじらい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・、その薬品に添附されて在る効能書を、たんねんに読んで、英語で書かれて在るところまであやしげな語学でもって読破して、それから、快心の微笑を浮べて、その優秀薬品を服用し、たちどころに効きめが現われたような錯覚に落されて、そうして満足している状態・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・こんな時に、変な錯覚を起すのだ。いつだったか、こんな同じ状態で、同じ事を話しながら、やはり、テエブルのすみを見ていた、また、これからさきも、いまのことが、そっくりそのままに自分にやって来るのだ、と信じちゃう気持になるのだ。どんな遠くの田舎の・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・何の関係もないことであるにもかかわらず、ふとした錯覚で何かしら関係があるような気がしたのは、たしかに自分の頭の迷誤である。それで、これも不思議な錯覚の一例として後日の参考のためについでに書添えておくこととする。・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・ 見ない前にはさだめて目ざわりになるだろうと予期していた人形使いの存在が、はじめて見たときからいっこう邪魔に感ぜられなかったのは全くこの尺度の関係からくる錯覚のおかげらしい。黒子を着た助手などはほとんどただぼやけた陰影ぐらいにしか見えな・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・と云って同意したから、強ち自分だけの錯覚ではないらしい。田舎の景色を数十分見て来たというだけの履歴効果で、いつも見馴れた町がこんなにちがって見えるのである。「馬鹿も一度はしてみるものだ」と云われるかもしれない。馬鹿を一遍通って来た利口と・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・視像の場合でももちろん錯覚によって甲のものを乙と誤認することは可能である。実際この錯覚を利用して、オーバーラップによる接枝法モンタージュで、ハンケチから白ばらを化成する。しかし音の場合はやや趣が違う。少なくもわれわれ目明きの世界においては、・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それで、映画の世界で可能なすべての事が人間の世界でも同程度に可能だというような錯覚を起こすのは自然の傾向である。 しかしまた、現在映画の世界にのみ存する事象が将来現世界に可能とならないという証拠もないとすると、現在の映画の夢は将来の現実・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・醒めての後にも、私はそのヴィジョンを記憶しており、しばしば現実の世界の中で、異様の錯覚を起したりした。 薬物によるこうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。私は日々に憔悴し、血色が悪くなり、皮膚が老衰に澱んでしまった。私は自分の養生に・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫