・・・ まことに私の言葉が錯雑しておって、かつ時間も少くございますから、私の考えをことごとく述べることはできない。しかしながら私は今日これで御免をこうむって山を降ろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも幾・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・『こんな錯雑した色は困るだろうねエ』と自分は小さな坂を上りながら頭上の林を仰いで言った。『そうですね、しかしかえってこんな色の方がごまかされて描きよいかもしれません、』と小山は笑いながら答えた。『下手な画工が描きそうな景色という・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ただこれぎりなら夏らしくもないが、さて一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈く光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して、不羈奔逸の気がいずこともなく空中・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 世の現実家、夢想家の区別も、このように錯雑しているものの如くに、此頃、私には思われてならぬ。 私は、この世の中に生きている。しかし、それは、私のほんの一部分でしか無いのだ。同様に、君も、またあのひとも、その大部分を、他のひとには全・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・ただ錯雑した混乱のあらしの中に、時々瞬間的に映出される白馬のたてがみを炎のように振り乱した顔の大写しは「怒り」の象徴としてかなりに強い効果をもっていたようである。「西部戦線異状なし」は、今日の映画としては、別にこれといって頭に残るほどの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それはいずれにしても、日本のように多種多様な地質気候がわずかな距離の範囲内で錯雑した国であってこそ、はじめて風景という言葉がほんとうに生きて働いて来るような気がするのである。こういう風景国日本に生まれた旅客にカメラが欠くべからざる侶伴である・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ これは書物で読んだことだが、樫鳥や山鳩や山鴫のような鳥類が目にも止まらぬような急速度で錯雑した樹枝の間を縫うて飛んで行くのに、決して一枚の木の葉にも翼を触れるような事はない、これは鳥の目の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行なわれ・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ これは書物で読んだことだが、樫鳥や山鳩や山鴫のような鳥類が目にも止まらぬような急速度で錯雑した樹枝の間を縫うて飛んで行くのに、決して一枚の木の葉にも翼を触れるような事はない。これは鳥の眼の調節の速さと、その視覚に応じて反射的に行われる・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・をこれと並行錯雑させて設けてみるのも一つの案ではあるまいか。昔の為政家は実際そういう事をしたもののように見える。 しかし私のこの案はやはり賛成してくれる人はなさそうである。私のいうような「悪行日」はだんだん廃止される。最近にはまた勉強の・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・時には甚だしく単純な明るい原色が支那人のやるような生々しいあるいは烈しい対照をして錯雑していながら、それが愉快に無理なく調和されて生気に充ちた長音階の音楽を奏している。ある時は複雑な沈鬱な混色ばかりが次から次へと排列されて一種の半音階的の旋・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫