・・・そうしてその学校騒動を鎮めに掛る。その時は色々思案もやりましょう計画も要りましょう。刷新も色々ありましょう。そうして旨く往けばあの人は成功したといわれる。成功したというと、その人の遣口が刷新でもなく、改革でもなく、整理でもなくても、その結果・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 然りといえども勝氏も亦人傑なり、当時幕府内部の物論を排して旗下の士の激昂を鎮め、一身を犠牲にして政府を解き、以て王政維新の成功を易くして、これが為めに人の生命を救い財産を安全ならしめたるその功徳は少なからずというべし。この点に就ては我・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・どうぞして気を鎮めたいものだと思って欲しくもない枝豆をポチポチ食べながら今度の病気の原因を話し合ったりした。不断から食の強い児で年や体のわりに大食した上に時々は見っともない様な内所事をして食べるので私が来る前頃胃拡張になって居た。胃から来た・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招くようにありたい。 壁に少し、愛する絵をかけ、ゆっくりと体をの・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・稍々自分を鎮めてから、はる子は更に云った。「まあもう少し坐っていらっしゃい。――貴女折角それだけの教育を受けたんだから、それを活かす職業を見つけた方がいい」 帰すにも帰せない気がした。はる子は、不図散々知人の間を頭の中で模索した揚句・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・心を鎮め、自然を凝視すると、あらゆる不透明な物体を徹して、霊魂が漂い行くのを感じずにはいないだろう。それも、春始めの、人間らしく、或は地上のものらしく、憧憬や顫える呼吸をもった游衍ではない。心が、深くセレーンな空気の裡に溶け入りて一体となり・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ けれども、極度な歓喜に燃え熾った感情が、この失策によって鎮められ、しめされて、底に非常な熱は保留されているが、触れるものを焼きつける危険な焔は押えられた今、まったく思いがけないもの――静かに落着いて、悲しげな不思議な微笑を浮べながら、・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・「でもね、 私はほんとうに真面目に考えなければならない事なの、 その事を考えると先ぐ感情が先に立つ、それを鎮めて冷静にして居なければいけないんだから―― やっぱり私一人では困る―― 不断あんまり物にこだわらない京・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・けれども、自分として感動した経験をそれだけで時とともに消させ鎮めさせてしまう。一重の個人的感動で終って、それを女としての感動、人間としての感動にまでひろげて二度目の感動を経験してゆく能力が弱い。婦人が、生活経験の多様さにかかわらず、それを人・・・ 宮本百合子 「婦人の生活と文学」
・・・本で知った他の都会の生活のこと、風変りな生活をしている外国のこと、地上の大さの感じがいつしかゴーリキイの心を鎮め、彼の周囲でゆっくり単調に煮えている臭いような生活とは違った生活の可能性が想われて来る。 大地全体に、そして自分自身に、程よ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫