明治十四年の夏、当時名古屋鎮台につとめていた父に連れられて知多郡の海岸の大野とかいうところへ「塩湯治」に行った。そのとき数え年の四歳であったはずだから、ほとんど何事も記憶らしい記憶は残っていないのであるが、しかし自分の幼時・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・自分の五歳の頃から五年ほどの間熊本鎮台に赴任したきり一度も帰らなかった父の留守の淋しさ、おそらくその当時は自覚しなかった淋しさが、不思議にもこの燈下の寒竹の記憶と共に、はっきりした意識となって甦って来るのである。 虎杖もなつかしいものの・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
明治十四年自分が四歳の冬、父が名古屋鎮台から熊本鎮台へ転任したときに、母と祖母と次姉と自分と四人で郷里へ帰って小津の家に落ちつき、父だけが単身で熊本へ赴任して行った。そうして明治十八年に東京の士官学校附に栄転するまでただの・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫