・・・ こんなことを長年考えていたのであるが、近ごろ大阪医科大学病理学教室の淡河博士が「黒焼き」の効能に関する本格的な研究に着手し、ある黒焼きを家兎に与えると血液の塩基度が増し諸機能が活発になるが、西洋流のいわゆる薬用炭にはそうした効果がない・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ある俳人の一門では長年の間に一人二人自殺した人はあったが、それはその人たちが長く俳句から遠ざかった後のことであったという。 要するにこれは全く自分の空想に過ぎないが、しかし自分の考えている歌と俳句との作者のその創作の瞬間における「自分」・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・関東震災の損害がいかに大きくてもそれは八十年か百年かに一回の出来事であるとすれば、これを年々根気よくこくめいに持続し繰り返す火事の災害に比すれば、長年の統計から見てはかえってそれほどのものではないと言われよう。 年に二千人と言えば全国的・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・村のある旧家につばめが昔から巣をくうていたが、一日家の主人がつばめに「お前には長年うちで宿を貸しているが、時たまにはみやげの一つも持って来たらどうだ」と戯れに言った事があった。そしたら翌年つばめが帰って来た時、ちょうど主人が飯を食っ・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 長年猫を飼っているが、こんな寄生虫を見るのははじめてのことである。 自分の頭から背中から足の爪先までが急にかゆくなるように感じた。 この猫が書斎の前の縁側にすわってかゆがって身もだえをしていられると、どうにも仕事が手につかない・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・液汁は、芳醇とまではゆかないにせよ、とにかく長年の間くさりもしないで発酵していた葡萄のつゆであった。「播州平野」と「風知草」とは、作者が戦争によって強いられていた五年間の沈黙ののちにかかれ、発表された。主題とすれば、一九三二年以来、作者・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・単純な西洋風をまねたばかりでは活動写真の範囲を出ないし、われわれの日常生活の習慣が感情表現に加えている長年の制約を、演技的に止揚することは大切な努力の一つとして将来に期待されることである。「裸の町」を観ても感じたことであったが、日本の女・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・ そばのカーシャ これはお料理の説明と云うよりは私の長年の食べたい想いをのべるわけですが。東京にそばの実の殼をとったまま、粉にしないでまるのままのがあるでしょうか。誰に聞いても知らない様ですが、この丸いままのそ・・・ 宮本百合子 「十八番料理集」
・・・一つの学校として、長年風雨に打ち叩かれた建物よりは、新らしい、高い、ハイカラーな校舎を持つ方が勿論結構である。お目出度い。けれども、私、或はそれより以前に幾年かの間彼処に馴染んだ人々は、誠之という名とともに、どんな庭や廊下を思い出すだろうか・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ まぶたは優しい母親の指で静かになで下げられ口は長年仕えた女の手で差えられて居る。多くの女達は冷たい幼児の手を取って自分の頬にすりつけながら声をあげて泣いて居る。啜り泣きの声と吐息の満ちた中に私は只化石した様に立って居る。「何か・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫