・・・そこはこの擲銭卜の長所でな、……」 そう云う内に香炉からは、道人の燻べた香の煙が、明い座敷の中に上り始めた。 四 道人は薄赤い絹を解いて、香炉の煙に一枚ずつ、中の穴銭を燻じた後、今度は床に懸けた軸の前へ、丁・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・又見ずにはいられない場合もその短所を補うべき何か他の長所を探したであろう。何か他の長所と云えば、天下に我我の恋人位、無数の長所を具えた女性は一人もいないのに相違ない。アントニイもきっと我我同様、クレオパトラの眼とか唇とかに、あり余る償いを見・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕一個では、また、ある友人の劇場に関係があるのに手紙を出し、こうこういう女があって、こうこうだと、その欠点と長所とを誇張しないつもりで一考を求め、遊びがてら見に来てくれろと言っておいたら、ついでがあったからと言って出て来てくれた。吉弥を一夕・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・国民的の長所は爰であろうが短所も亦爰である。最っと油濃く執拗く腸の底までアルコールに爛らして腹の中から火が燃え立つまでになり得ない。モウパスサンは狂人になった。ニーチェも狂人になった。日本の文人は好い加減な処で忽ち人生の見巧者となり通人とな・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 学校に於ける画一教育の長所と短所は、すでに世論によって明にされたるが如く、彼等の、社会的という言葉の意味は、個性を没却し、特色を失うということであってはならない、全国一様の教科書は、単に学術的知識を教うるに役立つけれど、その知識が・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・他に君にどんな好い長所や美点があろうと、唯君が貧乏だというだけの理由から、彼等は好かないというんだからね、仕様がないじゃないか。殊にYなんかというあゝ云った所謂道徳家から見ては、単に悪病患者視してるに堪えないんだね。機会さえあればそう云った・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その音も善平の耳に障りて、笑ましき顔も少し打ち曇りしが、それはどんな人であっても探せばあらはきっと出る、長所を取り合ってお互いに面白く楽しむのが交際というものだ。お前はだんだん偏屈になるなア。そんな風で世間を押し通すことは出来ないぞ。とさす・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・やらを、少しも照れずに自慢し、その長所、美点を講釈している。そのもうろくぶりには、噴き出すほかはない。作家も、こうなっては、もうダメである。「こしらえ物」「こしらえ物」とさかんに言っているようだが、それこそ二十年一日の如く、カビの生えて・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・そこにこの信号の長所がある訳である。それで課長殿が窓際へ行って信号の出処を見届けようとしても、光束が眼を外れると鏡は見えなくなり、眼に当れば眩惑されるので、もしも相手が身体を物蔭に隠して頭と手先だけ出してでもいればなかなか容易に正体を見届け・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・漫画の長所はこれのみに限らない。似顔漫画が写真よりもいっそうよくその人に似るというのと同様に、対象の特徴の或る少数なる要素を抽出し誇張して、それをモンタージュ的に構成することによって、実物よりもいっそう実在的なものを創造するのである。近ごろ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫