・・・道ばたにところどころ土饅頭があって、そのそばに煉瓦を三尺ぐらいの高さに長方形に積んだ低い家のような形をしたものがある。墓場だと小僧が言う。 測候所では二時に来いというからそれまで近所を見てあるく。向こう側にジェスウィトの寺院がある。僧院・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ たとえば長方形の水槽の底を一様に熱するといわゆる熱対流を生ずる。その際器内の水の運動を水中に浮遊するアルミニウム粉によって観察して見ると、底面から熱せられた水は決して一様には直上しないで、まず底面に沿うて器底の中央に集中され、そこから・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・しかし、少し見ているうちに、まず一番に目についたのは、画面の中央の下方にある一枚の長方形の飛び石であった。 この石は、もとどこかの石橋に使ってあったものを父が掘り出して来て、そうして、この位置にすえたものである。それは自分が物ごころつい・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・ 泥水をたたえた長方形の池を囲んで、そうしてその池の上にさしかけて建てた家がある。その池の上の廊下を子供が二、三人ばたばた駆け歩いているのが見えた。不思議な家である。 千住大橋でおりて水天宮行の市電に乗った。乗客の人種が自分のいつも・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・ 金網で造った長方形の箱形のもしばしば用いたが、あれも一度捕れると臭みでも残るのか、あとがかかりにくい。まれにかかってもたいていは思慮のない小ねずみで、老獪な親ねずみになるとなかなかどの仕掛けにもだまされない。いくらねずみでも時代と共に・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 大きな長方形の真空ガラス箱内の一方にB教授が「テレラ」と命名した球形の電磁石がつり下がっており、他の一方には陰極が插入されていて、そこから強力な陰極線が発射されると、その一道の電子の流れは球形磁石の磁場のためにその経路を彎曲され、球の・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ 善ニョムさんは感心して、肥料小屋に整然と長方形に盛りあげられた肥料を見た。馬糞と、藁の腐ったのと、人糞を枯らしたのを、ジックリと揉み合して調配したのが、いい加減の臭気となって、善ニョムさんの鼻孔をくすぐった。 善ニョムさんは、片手・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・間に、長方形の空地があった。その空地は、家々が茅屋根をいただいていた時分でなければないような種類の空地であった。三方建物の羽目でふさがれ、一方だけ、裏庭につづいている。裏庭と畑とは木戸と竹垣で仕切られている。 その時分、うちは樹木が多く・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・すると、一昨年あたりから、地価の方はどうなったのか知らないが、今まで草蓬々としていた四角や長方形やらの空地の上に、いろいろな形の家が、いずれもとりいそいだ風にして建てられて行った。分譲地の九分通りに、そうして家が出来た。 もとその一画は・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・大らかな天蓋のように私共の頭上に懸って居べき青空は、まるで本来の光彩を失って、木や瓦の間に、断片的な四角や長方形に画られて居る。息吹は吹きとおさない。此処からは、何処にも私の懐しい自然全景を見出すことは出来ない。視覚の束縛のみではない。心が・・・ 宮本百合子 「餌」
出典:青空文庫