・・・福地桜痴、末松謙澄などという人も創業時代の開拓者であるが、これらは鍬を入れてホジクリ返しただけで、真に力作して人跡未踏の処女地を立派な沃野長田たらしめたのは坪内君である。 有体にいうと、坪内君の最初の作『書生気質』は傑作でも何でもない。・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・彼女は手間をかけて信玄袋の口をあけ、中から長田の女隠居のくれた頭巾と着物を出した。「――これを御隠居さんにいただきましたよ」 植村の婆さんは、婆の慾ばりが憎いような心持がした。人に見せ、此位にしてやる人もあるのだと思わせ沢山貰おうと・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・僕はふいと床の間の方を見ると、一座は大抵縞物を着ているのに、黒羽二重の紋付と云う異様な出立をした長田秋濤君が床柱に倚り掛かって、下太りの血色の好い顔をして、自分の前に据わっている若い芸者と話をしていた。その芸者は少し体を屈めて据わって、沈ん・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫