・・・それから僕の計画していた長篇のことを考え出した。それは推古から明治に至る各時代の民を主人公にし、大体三十余りの短篇を時代順に連ねた長篇だった。僕は火の粉の舞い上るのを見ながら、ふと宮城の前にある或銅像を思い出した。この銅像は甲冑を着、忠義の・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 前にも言った通り、私は夏目さんの近年の長篇を殆んど読んでいないといって宜しい。よし新聞や何かで断片的には読んでいるとしても、私はやはり初期の作が好きだ。特に短篇に好きなものがある。「文鳥」のようなものが佳いと思う。「猫」、「坊ちやん」・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・正直に平たく白状さしたなら自分の作った脚色を餅に搗いた経験の無い作者は殆んどなかろう。長篇小説の多くが尻切蜻蜒である原因の過半はこれである。二十八年の長きにわたって当初の立案通りの過程を追って脚色の上に少しも矛盾撞着を生ぜしめなかったのは稀・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・例えば、志賀直哉の文学の影響から脱すべく純粋小説論をものして、日本の伝統小説の日常性に反抗して虚構と偶然を説き、小説は芸術にあらずという主張を持つ新しい長編小説に近代小説の思想性を獲得しようと奮闘した横光利一の野心が、ついに「旅愁」の後半に・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・Kは午前中は地方の新聞の長篇小説を書いて居る。午後は午睡や散歩や、友達を訪ねたり訪ねられたりする時間にあててある。彼は電車の中で、今にも昏倒しそうな不安な気持を感じながらどうか誰も来ていないで呉れ……と祈るように思う。先客があったり、後から・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
一 神田のある会社へと、それから日比谷の方の新聞社へ知人を訪ねて、明日の晩の笹川の長編小説出版記念会の会費を借りることを頼んだが、いずれも成功しなかった。私は少し落胆してとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・しかし、日露戦争の勃発当時にあって、長編「破戒」の稿を起すにあたって、従軍したつもりで作品に力を打ちこむと云われたと伝えられる。この一事にも、おのずから戦争に対する態度と心持が伺われるような気がする。 このほか、徳田秋声、広津柳浪、小栗・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・という長編戯曲に就いては私は、いまでも、その中の人物の表情までも、はっきり思い出すことができるのであります。 長兄が三十歳のとき、私たち一家で、「青んぼ」という可笑しな名前の同人雑誌を発行したことがあります。そのころ美術学校の塑像科に在・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ まだ誰も邦訳していないようだが、プロフェッサアという小説、作者は女のひと、別なもう一つの長篇小説で、なにかの文庫で日本にその名を紹介せられた筈であるが、その作者の名も、その長篇小説の名も、その文庫の名もすべて、いますぐ思い出せない。こ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・の配達をして居りました時、あなたの長篇小説「鶴」が、その新聞に連載せられていて、私は毎朝の配達をすませてから、新聞社の車夫の溜りで、文字どおり「むさぼり食う」ように読みました。私は、自分が極貧の家に生れて、しかも学歴は高等小学校を卒業したば・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫