・・・町の高みには皇族や華族の邸に並んで、立派な門構えの家が、夜になると古風な瓦斯燈の点く静かな道を挾んで立ち並んでいた。深い樹立のなかには教会の尖塔が聳えていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。しかしそ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・中には宏大な門構えの屋敷も目についた。はるか上にある六甲つづきの山の姿が、ぼんやり曇んだ空に透けてみえた。「ここは山の手ですか」私は話題がないので、そんなことを訊いてみた。もちろん私一箇としては話題がありあまるほどたくさんあった。二人の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・かと思うと、自分はいつか岡山へ行ッていて、思ッたよりも市中が繁華で、平田の家も門構えの立派な家で、自分のかねて思ッていたような間取りで、庭もあれば二階もあり蔵もある。家君さんは平田に似て、それで柔和で、どこか気抜けがしているようにも見え、自・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・もう十四五年にもなるから、代が変っているかもしれないが、その坂の下り口の右側に、一軒門構えの家があった。坂の中途の家というのは何となく陰気なものだ。そこも門から八ツ手などの植った玄関までだらだら下りになっていて、横手に見える玄関の格子はいつ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ そういう横丁の出はずれに一軒しもたやがある。門構えで、総二階で、ぽつんとそういう界隈に一軒あるしもたやは何となし目立つばかりでなく、どう見ても借家ではないその家がそこに四辺を圧して建てられていることに、云わばその家の世路での来歴という・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
出典:青空文庫