・・・ その一人は、近国の門閥家で、地方的に名望権威があって、我が儘の出来る旦那方。人に、鳥博士と称えられる、聞こえた鳥類の研究家で。家には、鳥屋というより、小さな博物館ぐらいの標本を備えもし、飼ってもいる。近県近郷の学校の教師、無論学生たち・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・いくら金銭に不自由がなくても、いくら地位門閥が高くても、意識の連続は単調で、平凡で、毫も理想がなくて、高、下、雅、俗、正、邪、曲、直の区別さえ分らなくて昏々濛々としてアミーバのような生活を送ります。こんな連中は人間さえ見れば誰も彼もみな同じ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・近くは三十年前の王政維新は、徳川政府の門閥圧制を厭うて其悪弊を矯めんとし、天下に大波瀾を起して其結果遂に目出度く新日本を見たることなり。当時若し社会の秩序云々に躊躇したらんには、吾々日本国民は今日尚お門閥の下に匍匐することならん。左れば今婦・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・かつその仲間の教育なり年齢なり、また門閥なり、おおよそ一様同等にして抜群の巨魁なきがために、衆力を中心に集めて方向を一にするを得ず。ついに維新の前後より廃藩置県の時に際し今日に至るまで、中津藩に限りて無事静穏なりし由縁なり。もしもこの際に流・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・いまいましき門閥、血統、迷信の土くれと看破りては、わが胸のうちに投げ入るべきところなし。いやしき恋にうき身やつさば、姫ごぜの恥ともならめど、このならわしの外にいでんとするを誰か支うべき。『カトリック』教の国には尼になる人ありといえど、ここ新・・・ 森鴎外 「文づかい」
出典:青空文庫