・・・蜘蛛の眼がキラキラ閃光を放って、じっとこちらを見ているように思った。夜なかに咳が出て閉口した。 翌朝眼がさめると、白い川の眺めがいきなり眼の前に展けていた。いつの間にか雨戸は明けはなたれていて、部屋のなかが急に軽い。山の朝の空気だ。それ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 訊きながら私は、今日はいつもの仔猫がいないことや、その前足がどうやらその猫のものらしいことを、閃光のように了解した。「わかっているじゃないの。これはミュルの前足よ」 彼女の答えは平然としていた。そして、この頃外国でこんなのが流・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・束の間の閃光が私の生命を輝かす。そのたび私はあっあっと思った。それは、しかし、無限の生命に眩惑されるためではなかった。私は深い絶望をまのあたりに見なければならなかったのである。何という錯誤だろう! 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、同・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・二人は、森のはずれに立って、云い合わせたように、遠い寺の塔に輝く最後の閃光を見詰める。 一度乾いていた涙が、また止め度もなく流れる。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくて、永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙である。 夜が迫・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・プドーフキンは爆発の光景を現わすのに本物のダイナマイトの爆発を撮ってみたがいっこうにすごみも何もないので、試みにひどく黒煙を出す炬火やら、マグネシウムの閃光やを取り交ぜ、おまけに爆発とはなんの縁もない、有り合わせの河流の映像を插入してみたら・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ある瞬間までに読んで来たものの積分的効果が読者の頭に作用して、その結果として読者の意識の底におぼろげに動きはじめたある物を、次に来る言葉の力で意識の表層に引き上げ、そうして強い閃光でそれを照らし出すというのでなかったら、その作品は、ともかく・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・銀とクリスタルガラスとの閃光のアルペジオは確かにそういう管弦楽の一部員の役目をつとめるものであろう。 研究している仕事が行き詰まってしまってどうにもならないような時に、前記の意味でのコーヒーを飲む。コーヒー茶わんの縁がまさにくちびると相・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ だんだん目が馴れて来ると弾が上がって行く途中の経路を明瞭に認める事が出来る、そして破裂する時に、先ず一方へ閃光のように迸り出る火焔も見え、外被が両分して飛び分れるところも明らかに見る事が出来る。風の影響もあるだろうが、それよりもむしろ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・左舷に五秒ごとに閃光を発する平舘燈台を見る。その前方遥かに七秒、十三秒くらいの間隔で光るのは竜飛岬の燈台に相違ない。強い光束が低い雲の底面を撫でてぐるりと廻るのが見える。青森湾口に近づくともう前面に函館の灯が雲に映っているのが見られる。マス・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・たその晩に私の宅へ遊びに来てトリオの合奏をやっていたら、突然某新聞記者が写真班を引率して拙宅へ来訪しそうして玄関へその若い学者T君を呼び出し、その日発表した研究の要旨を聞き取り、そうしてマグネシウムの閃光をひらめかし酸化マグネシウムを含んだ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
出典:青空文庫