・・・ 戸は直ぐに開きました。が、日本人が中へはいって見ると、そこには印度人の婆さんがたった一人立っているばかり、もう支那人の女の子は、次の間へでも隠れたのか、影も形も見当りません。「何か御用ですか?」 婆さんはさも疑わしそうに、じろ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 監督は矢部の出迎えに出かけて留守だったが、父の膝許には、もうたくさんの帳簿や書類が雑然と開きならべられてあった。 待つほどもなく矢部という人が事務所に着いた。彼ははじめてその人を見たのだった。想像していたのとはまるで違って、四十恰・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 三人この処に、割籠を開きて、且つ飲み且つ大に食う。その人も無げなる事、あたかも妓を傍にしたるがごとし。あまつさえ酔に乗じて、三人おのおの、その中三婦人の像を指し、勝手に選取りに、おのれに配して、胸を撫で、腕を圧し、耳を引く。 時に・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 八 青木というのは、来遊の外国人を当て込んで、箱根や熱海に古道具屋の店を開き、手広く商売が出来ていたものだが、全然無筆な男だから、人の借金証書にめくら判を押したため、ほとんど破産の状態に落ち入ったが、このごろでは多・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚の新例を開き、明治五、六年頃に一夫一婦論を説いて婦人の権利を主張したほどのフェミニストであったから、身文教の首班に座するや先ず根本的に改造を企てたのは女子教育であった。 優美より・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 春の彼岸が過ぎて、桜の花が散ったころ一つの鉢から真紅な花が開きました。その花は、あまりに美しくもろかったのであります。そして、その日の黄昏方、吹いてくる風に散ってしまいました。 もう一つの鉢からは、青い色の花が咲きました。しかし、・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・「どうもこう詰開きにされちゃ驚くね。そりゃ縹致はこれなら申し分はねえが……」「縹致は申し分ないが、ほかに何か申し分が……」「まあま、お光さん、とにかく一つ考えさせてもらわなけりゃ……何しろまだ家もねえような始末だから、女房を貰う・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・第二位との開きが大き過ぎて、主催者側では普通の賞では寿子にふさわしくないと思う位だった。そこで、あわてて文部大臣賞というものを特に作って、それを寿子に与えることにして、主催者側はやっと満足した。それほどの素晴しい出来栄えだったのである。・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・私の眼が自然の美しさに対して開き初めたのも丁度その頃からだと思いました。電燈の光が透いて見えるその葉うらの色は、私が夜になれば誘惑を感じた娘の家の近くの小公園にもあったのです。私はその娘の家のぐるりを歩いてはその下のベンチで休むのがきまりに・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・折しも障子はさっと開きて、中なる人は立ち出でたるがごとし。辰弥の耳は逸早く聞きつけて振り返りぬ。欄干にあらわれたるは五十路に近き満丸顔の、打見にも元気よき老人なり。骨も埋もるるばかり肥え太りて、角袖着せたる布袋をそのまま、笑ましげに障子の中・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫