・・・ 粗朶がぶしぶしと燻ぶるその向座には、妻が襤褸につつまれて、髪をぼうぼうと乱したまま、愚かな眼と口とを節孔のように開け放してぼんやり坐っていた。しんしんと雪はとめ度なく降り出して来た。妻の膝の上には赤坊もいなかった。 その晩から天気・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・会衆の動揺は一時に鎮って座席を持たない平民たちは敷石の上に跪いた。開け放した窓からは、柔かい春の光と空気とが流れこんで、壁に垂れ下った旗や旒を静かになぶった。クララはふと眼をあげて祭壇を見た。花に埋められ香をたきこめられてビザンチン型の古い・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・「――また誰か洗面所の口金を開け放したな。」これがまた二度めで。……今朝三階の座敷を、ここへ取り替えない前に、ちと遠いが、手水を取るのに清潔だからと女中が案内をするから、この離座敷に近い洗面所に来ると、三カ所、水道口があるのにそのどれを捻っ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 男は、夜おそくまで、障子を開け放して、ランプの下で仕事をすることもありました。夏になると、いつも障子が開けてありましたから、外を歩く人は、この室の一部を見上げることもできました。 ちょうど隣の家の二階には、中学校へ、教えに出る博物・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・嘔吐を催させるような酒の臭い――彼はまだ酔の残っているふら/\した身体を起して、雨戸を開け放した。次ぎの室で子供等が二人、蚊帳も敷蒲団もなく、ボロ毛布の上へ着たなりで眠っていた。 朝飯を済まして、書留だったらこれを出せと云って子供に認印・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 三 その翌日の午後、彼は思案に余って、横井を署へ訪ねて行った。明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯をのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云って、彼を二階の広い風通しの好い室へ案内し・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 彼にただ一つの残っている空想というのは、彼がその寡婦と寝床を共にしているとき、ふいに起こって来る、部屋の窓を明け放してしまうという空想であった。勿論彼はそのとき、誰かがそこの崖路に立っていて、彼らの窓を眺め、彼らの姿を認めて、どんなに・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ゆくりなく目を注ぎたるかの二階の一間に、辰弥はまたあるものを認めぬ。明け放したる障子に凭りて、こなたを向きて立てる一人の乙女あり。かの唄の主なるべしと辰弥は直ちに思いぬ。 顔は隔たりてよくも見えねど、細面の色は優れて白く、すらりとしたる・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・女中部屋など従来入ったことも無かったのであるが、見ると高窓が二尺ばかり開け放しになってるので、何心なく其処から首をひょいと出すと、直ぐ眼下に隣のお源が居て、お源が我知らず見上た顔とぴたり出会った。お源はサと顔を真赤にして狼狽きった声を漸と出・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・と主人の少女は窓の障子を一枚開け放した。今まで蒸熱かった此一室へ冷たい夜風が、音もなく吹き込むと「夜風に当ると悪いでしょうよ、私は宜いからお閉めなさいよ、」と客なる少女、少年の病気を気にする。「何に、少しは風を通さないと善くないのよ。御・・・ 国木田独歩 「二少女」
出典:青空文庫