・・・もっとも自分のような閑人はおそらく除外例かもしれないから、まず大多数の人はかなり迷惑を感じたものと見たほうが妥当には相違ない。 まずだれよりもいちばん迷惑を感じたのは新聞社自身であったろうが、ここではそれは問題に入れるわけには行かない。・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・文芸の士はこの意味においてけっして閑人ではありません。芭蕉のごとく消極的な俳句を造るものでも李白のような放縦な詩を詠ずるものでもけっして閑人ではありません。普通の大臣豪族よりも、有意義な生活を送って、皆それぞれに人生の大目的に貢献しておりま・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 庄太郎は元来閑人の上に、すこぶる気作な男だから、ではお宅まで持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出た。それぎり帰って来なかった。 いかな庄太郎でも、あんまり呑気過ぎる。只事じゃ無かろうと云って、親類や友達が騒ぎ出し・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・の作者は、義太夫の文学の中に信夫のひどい東北弁をとり入れ、それが交通不便で、その東北弁の真偽を見わける機会もない当時にあっては珍しく、そこが所謂新趣向として都会の閑人たちの耳をたのしませたのであった。 今日娘の身売りは、道徳的な方面から・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・一閑人として生存している。しかし人間はウェジェタチイフにのみ生くること能わざるものである。人間は生きている限りは思量する。閑人が往々棋を囲みかるたをもてあそぶゆえんである。 あますところの問題はわたくしが思量の小児にいかなる玩具を授けて・・・ 森鴎外 「なかじきり」
出典:青空文庫