・・・ 道太は二三日前に、芝居のお礼か何か知らんが、辰之助といっしょに、ある閑寂な貸席で、宗匠の御馳走になっていた。宗匠はそこで涼の会や虫の会を開いて町の茶人だちと、趣向を競った話や、京都で多勢の数寄者の中で手前を見せた時のことなどを、座興的・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・町の特殊な美しさも、静かな夢のような閑寂さも、かえってひっそりと気味が悪く、何かの恐ろしい秘密の中で、暗号を交しているように感じられた。何事かわからない、或る漠然とした一つの予感が、青ざめた恐怖の色で、忙がしく私の心の中を馳け廻った。すべて・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・明るく、確りしてい、同時に溢れる閑寂を感じる。 私の狭い経験で東京や京都の凝った部屋の植込みが、こんなところは知らない。坐ると、第一に植込みの葉面が迫って来る。種々錯綜した緑の線、葉の重なり。ここでは緑に囲まれて坐るというところによさが・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・竹林の蔭をゆるやかな傾斜で蜒々と荒れるに任されていた甃廻廊の閑寂な印象。境内一帯に、簡素な雄勁な、同時に気品ある明るさというようなものが充満していた。建物と建物とを繋いだ直線の快適な落付きと、松葉の薫がいつとはなししみこんだような木地のまま・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ そして、平らかな閑寂なその表面に、折々雫のようにポツリポツリと、家内の者達のことだの、自分のことだのが落ちて来ては、やがてスーと波紋を描いてどこかへ消えて行ってしまう。 沼で一番の深みだといわれている三本松の下に、これも釣をしてい・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・が「小河内の閑寂な昔の姿」を打ちくだいていると結んでいるのであるが、役人の仕打ちを怨み、東京市民を怨みつつ資本主義的な力に踏みにじられる錯綜を記録的に各面からとり上げようとしている作品の結びとして、これは必要なだけの深さと重さとに不足してい・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫