・・・よく切れます……お使いなさいまし、お間に合せに。……(無遠慮に庖丁を目前撫子 (ゾッと肩をすくめ、瞳おそのさん、その庖丁は借ません。その ええ。撫子 出刃は私に祟るんです。早く、しまって下さいな。その 何でございますか、田舎・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ 無事に着いた、屹度十日までに間に合せて金を持って帰るから――という手紙一本あったきりで其後消息の無い細君のこと、細君のつれて行った二女のこと、また常陸の磯原へ避暑に行ってるKのこと、――Kからは今朝も、二ツ島という小松の茂ったそこの磯・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・定せられてあって、いまさら中止も出来ないわけがあるのだそうで、ここに於いて誰やらが、私の存在を思い出し、あのじいさんも昔は詩だか何だかを書いた事があるんだそうだ、謂わば文化人の端くれだ、あれでも呼んで間に合せようではないかと、まあ、いいえ、・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ほんのおつき合い。間に合せだ。 蕗の芽とりに行燈ゆりけす 芭蕉がそれに続けた。これも、ほんのおつき合い。長き脇指に、そっぽを向いて勝手に作っている。こうでもしなければ、作り様が無かったろう。とにかく、長き脇指には驚愕した。「行・・・ 太宰治 「天狗」
・・・桑畑のあいだを通って近道をすると、十分間くらいで行ける山の裾にその間に合せの県立病院があった。 眼科のお医者は女医であった。「この女の子のほうは、てんで眼があかないので困ります。田舎のほうに転出しようかとも考えているのですが、永い汽・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ 美術展覧会に使われている建物もやはり間に合せである。この辺のものはみんな間に合せのものばかりのような気がして、どうも気持が悪い。 そういう心持をいだいて展覧会場へ這入った。 日本画が、とてもゆるゆる見る事の出来ないほど沢山にあ・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ 蝋燭にホヤをはめた燭台や手燭もあったが、これは明るさが不充分なばかりでなく、何となく一時の間に合せの燈火だというような気がする。それにランプの焔はどこかしっかりした底力をもっているのに反して、蝋燭の焔は云わば根のない浮草のように果敢な・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・ 二 地図をたどる 暑い汽車に乗って遠方へ出かけ、わざわざ不便で窮屈な間に合せの生活を求めに行くよりも、馴れた自分の家にゆっくり落着いて心とからだの安静を保つのが自分にはいちばん涼しい銷夏法である。 日中の暑い・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・いい訳だが、惜しい哉この比較をするだけの材料、比較をするだけの頭、纏めるだけの根気がないために、すなわち門外漢であるがために、どうしても角度を知ることができないために、上下とか優劣とか持ち合せの定規で間に合せたくなるのは今申す通り門外漢の通・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫