・・・ 俊寛様は魚を下げた御手に、間近い磯山を御指しになりました。「住居と云っても、檜肌葺きではないぞ。」「はい、それは承知して居ります。何しろこんな離れ島でございますから、――」 わたしはそう云いかけたなり、また涙に咽びそうにし・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 発車が間近いのである。列車は四百五十哩の行程を前にしていきりたち、プラットフオムは色めき渡った。私の胸には、もはや他人の身の上まで思いやるような、そんな余裕がなかったので、テツさんを慰めるのに「災難」という無責任な言葉を使ったりした。・・・ 太宰治 「列車」
・・・ 痛さは納まりそうにないので、体の全力を両足に集めて漸く立ちあがり得た栄蔵は、体を二つに折り曲げたまま、額に深い襞をよせて這う様にして間近い我家にたどりついた。 土間に薪をそろえて居たお節は、この様子を見ると横飛びに栄蔵の傍にかけよ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫