・・・く顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚い・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・やは、来年は四つになるのですが、栄養不足のせいか、または夫の酒毒のせいか、病毒のせいか、よその二つの子供よりも小さいくらいで、歩く足許さえおぼつかなく、言葉もウマウマとか、イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかとも思われ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ どだい、この作家などは、思索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片隅にいて、一部の物好きのひとから愛されるくらいが関の山であるのに、いつの間にやら、ひさしを借りて、図々しくも母屋に乗り込み・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・「そうだろうってさ、 お前のお父さんは袂糞位が関の山さ。と捨白辞をのこして、パッパと隣りへ行ってしまった。「あんまりどっせ、 何ぼ義母はんやかて我慢ならん事云いやはる、ほんに。 お君は、真赤になって涙・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ それに又彼の女にはその位の観察が関の山なんだものねえ。 女中が少しすかして行った戸をいまいましそうに見ながら千世子は云った。そしてだまったまんま京子の桃割のぷくーんとした髷を見て居た千世子は急に嬉しそうに高く笑いながら京子の肩・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫