・・・これは兼ねて噂に聞いた、閻魔大王に違いありません。杜子春はどうなることかと思いながら、恐る恐るそこへ跪いていました。「こら、その方は何の為に、峨眉山の上へ坐っていた?」 閻魔大王の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速そ・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・しかし閻魔王の命令ですから、どうか一しょに来て下さい。何、地獄も考えるほど、悪いところではありません。昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。 小町 あなたは鬼です。羅刹です。わたしが死ねば少将も死にます。少将の胤の子供も死・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・「馬鹿にするない、見附で外濠へ乗替えようというのを、ぐっすり寐込んでいて、真直ぐに運ばれてよ、閻魔だ、と怒鳴られて驚いて飛出したんだ。お供もないもんだ。ここをどこだと思ってる。 電車が無いから、御意の通り、高い車賃を、恐入って乗ろう・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂だと、女人を解いた生血と膩肉に紛うであろう、生々と、滑かな、紅白の巻いた絹。「ああ、誓願のその一、求児――子育、子安の観世音として、ここに婦人の参詣がある。」 世に、参り合わせ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・寺内に閻魔堂がある。遠藤さんが扉を覗いて、袖で拝んで、「お釈迦様と、お閻魔さんとは、どういう関係があるんでしょう。」 唯今、七彩五色の花御堂に香水を奉仕した、この三十歳の、竜女の、深甚微妙なる聴問には弱った。要品を読誦する程度の智識・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・「あ、これはお閻魔さまだ」 この考えが、古い都会の残った香でも嗅ぐ思いを起させた。古い東京のものでありさえすれば、何でもお三輪にはなつかしかった。藍万とか、玉つむぎとか、そんな昔流行った着物の小切れの残りを見てもなつかしかった。木造・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・中には閻魔の巾着、浦島の火打箱などといういかがわしいものもあるにはあるのである。また『諸国咄』の一項にも「おの/\広き世界を見ぬゆへ也」とあって、大蕪菜、大鮒、大山芋などを並べ「遠国を見ねば合点のゆかぬ物ぞかし」と駄目をおし、「むかし嵯峨の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 縁日の事からもう一人私の記憶に浮び出るものは、富坂下の菎蒻閻魔の近所に住んでいたとかいう瞽女である。物乞をするために急に三味線を弾き初めたものと見えて、年は十五、六にもなるらしい大きな身体をしながら、カンテラを点した薦の上に坐って調子・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・即ちむかし閻魔堂橋のあったあたりである。しかし今は寺院の堂宇も皆新しくなったのと、交通のあまりに繁激となったため、このあたりの町には、さして政策の興をひくべきものもなく、また人をして追憶に耽らせる余裕をも与えない。かつて明治座の役者たちと共・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・笊の中に子供を入れたので、ざる餓鬼やざる柿サ。閻魔様が舌を出してその上に石を載せてる処はどうだ。閻魔舌の力持サ。古いネ。お話が古くなっていけないというので墨水師匠などはなるたけ新しい処を伺うような訳ですが手前の処はやはりお古い処で御勘弁を願・・・ 正岡子規 「煩悶」
出典:青空文庫