・・・そうして母は死に、阿倍野の葬儀場へ送ったその足で、私は追われるように里子に遣られた。俄かやもめで、それもいたし方ないとはいうものの、ミルクで育たぬわけでもなし、いくら何でも初七日もすまぬうちの里預けは急いだ、やはり父親のあらぬ疑いがせきたて・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・渡辺橋から市電で阿倍野まで行き、そこから大鉄電車で――と説明しかけると、いや、歩いて行くつもりだと言う。そら、君、無茶だよ。だって、ここから針中野まで何里……あるかもわからぬ遠さにあきれていると、実は、私は和歌山の者ですが、知人を頼って西宮・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・「本当に家へ帰らないの……?」 娘はうなずいて、「帰れません」 小さな声で言った。「どこか宿屋はないかな」「阿倍野の方へ行ったら、あるかも知れません」 娘が言った。大阪訛だった。 宿屋へも構わずついて来るつも・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫