・・・ 或物質主義者の信条「わたしは神を信じていない。しかし神経を信じている。」 阿呆 阿呆はいつも彼以外の人人を悉く阿呆と考えている。 処世的才能 何と言っても「憎悪する」ことは処世的・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕はこの主人公に比べると、どのくらい僕の阿呆だったかを感じ、いつか涙を流していた。同時に又涙は僕の気もちにいつか平和を与えていた。が、それも長いことではなかった。僕の右の目はもう一度半透明の歯車を感じ出した。歯車はやはりまわりながら、次第に・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・なにが迷信や、阿呆らしい」 女はさげすむような顔を男に向けた。 私は早々に切りあげて、部屋に戻った。 やがて、隣りから口論しているらしい気配が洩れて来た。暫らくすると、女の泣き声がきこえた。男はぶつぶつした声でなだめていた。しま・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 上等の奴やなかったら効かへんと二十円も貰った御寮人さんは、くすぐったいというより阿呆らしく、その金を瞬く間に使ってしまった。けれども、さすがに嫂の手前気がとがめたのか、それとも、やはり一ぺん位夫婦仲の良い気持を味いたかったのか、高津の・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・この細君が後年息を引き取る時、亭主の坂田に「あんたも将棋指しなら、あんまり阿呆な将棋さしなはんなや」と言い残した。「よっしゃ、判った」と坂田は発奮して、関根名人を指込むくらいの将棋指しになり、大阪名人を自称したが、この名人自称問題がもつれて・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・自身の理論から出たらしいある種の情事関係を作ったり、怪しげな喫茶店の女給から小銭をまきあげたり、友達にたかったりするばかりか、授業料値下げすべしというビラをまくことを以て、主義に忠実な所以だとしている阿呆であった。 この阿呆をはじめとし・・・ 織田作之助 「髪」
・・・五十円とはどこから割り出した勘定だろうと一寸考えて、なるほど、罰金の額から、印刷費の残りを引いたのが五十円だなとわかると、おれは正直な話、噴きだしたくらいだ。阿呆らしくて、怒りも出来なかったのだ。それに、おれの方にも、案外呶鳴り込みに行けな・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「おい、巧いぞ。もっとやってくれ」 浮浪者の中から、声が来た。「阿呆いえ。そんな殺生な注文があるか。こんな時に、落語やれいうのは、葬式の日にヤッチョロマカセを踊れいうより、殺生やぜ」 言いながら、涕き声になると、ひしとミネ子・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 彼は真面目に、ペコペコ頭を下げ、靴を磨くことが、阿呆らしくなった。 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタイルのいい、好男子であったからであった。そのおかげで彼は打たれたことはなかった。しかし、彼は、なべて男が美しい女を好く・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 以前に、自分が使っていた独楽がいいという自信がある健吉は、「阿呆云え、その独楽の方がえいんじゃがイ!」と、なぜだか弟に金を出して独楽を買ってやるのが惜しいような気がして云った。「ううむ。」 兄の云うことは何事でも信用する藤・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
出典:青空文庫