・・・次の日のまだ登らないうち立野を立って、かねての願いで、阿蘇山の白煙を目がけて霜を踏み桟橋を渡り、路を間違えたりしてようやく日中時分に絶頂近くまで登り、噴火口に達したのは一時過ぎでもあッただろうか。熊本地方は温暖であるがうえに、風のないよく晴・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・それより早く阿蘇へ登って噴火口から、赤い岩が飛び出すところでも見るさ。――しかし飛び込んじゃ困るぜ。――何だか少し心配だな」「噴火口は実際猛烈なものだろうな。何でも、沢庵石のような岩が真赤になって、空の中へ吹き出すそうだぜ。それが三四町・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ * 由子とお千代ちゃんは歌をうたった。 阿蘇の山里秋更けて 眺め淋しき冬まぐれ ………… お千代ちゃんは内気らしく、受け口を少しあいて、低い声で歌った。由子は自分の肩をお千・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・鶴崎を経て、肥後国に入り、阿蘇山の阿蘇神宮、熊本の清正公へ祈願に参って、熊本と高橋とを三日ずつ捜して、舟で肥前国島原に渡った。そこに二日いて、長崎へ出た。長崎で三日目に、敵らしい僧を島原で見たと云う話を聞いて、引き返して又島原を五日尋ねた。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ハンモックと毛布を負うて無人の山奥へ平然として分け入る。阿蘇ではハンモックにぶら下がったまま凍死しようとした、妙義では頂に近き岩窟に一夜を明かした。肉体と社会を超越してのこのこと日本じゅう歩きめぐっている。旅は人を自然に近づかしめて、峨々た・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫