・・・京都は冬は底冷えし、夏は堪えられぬくらい暑くおまけに人間が薄情で、けちで、歯がゆいくらい引っ込み思案で、陰険で、頑固で結局景色と言葉の美しさだけと言った人があるくらい京都の、ことに女の言葉は音楽的でうっとりさせられてしまう。しかし、私は京都・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・併し斯うした商売の人間に特有――かのような、陰険な、他人の顔を正面に視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度帰ることになって居るのですから、どうかこの十五日まで御・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ただ、私が四十ちかくに成っても未だに無名の下手な作家だ、と申し上げても、それは決して私の卑屈な、ひがみからでも無し、不遇を誇称して世の中の有名な人たちに陰険ないやがらせを行うというような、めめしい復讐心から申し上げているのでもないので、本当・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・お酒を飲むと、もう、まるで気違いですし、意地くねが悪いというのか、陰険というのか、よそのひとには、ひどくあいそがいいようですけど、内の者にはそりゃもう、冷酷というのでしょうか、残忍というのでしょうか、いいえ、ほんとう、本当でございますよ。げ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・総じて幸徳らに対する政府の遣口は、最初から蛇の蛙を狙う様で、随分陰険冷酷を極めたものである。網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網をしめる、陥穽を掘っておいて、その方にじりじり追いやって、落ちるとすぐ蓋をする。彼らは国家のためにする・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・この顔にはいろいろの種類があるが、その表情の朴訥穏和なことは、殆ど皆一様で、何処となくその運命と境遇とに甘んじているようにも見られるところから、一見人をして恐怖を感ぜしめるほど陰険な顔もなければまた神経過敏な顔もない。百貨店で呉服物見切の安・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・男子が醜悪を犯しながら其罪を妻に分つとは陰険も亦甚だし。女大学の毒筆与りて力ありと言う可し。第三婬乱なれば去ると言う。我日本国に於て古来今に至るまで男子と女子と孰れが婬乱なるや。其婬心の深浅厚薄は姑く擱き、婬乱の実を逞うする者は男子に多きか・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・決してわたくしが陰険な事をいたしたとか、あなたを羂に掛けたとかお思いになってはいけません。わたくしは戸を開けるつもりで戸の傍に歩み寄って、ただちょっとあなたの御様子を開ける前に見たいと存じただけでございます。あなたは心理学者でいらっしゃいま・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 青い陰険な顔をした法王。黒い長衣着て黒長靴と云ういでたちの富農、それら三つの頭の上に、どえらいハンマーを握った労働者の手と、カマを持った農民の手とが、こしらえてある。 勇ましい行進曲につれて、その張り物をかついだコムソモールが歩き・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・これは、ヴォルガ河の沿岸にあるシロコイエ村の貧農たちが、荒れきったブルスキーという土地を貰ってそこで村の富農の侮蔑や陰険なずるさと戦いながら集団農場を組織する経路を書いた長篇である。上巻だけで日本訳は六百頁余もある。英訳もある。 トポー・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫