・・・それでなくても老人の売っているブリキの独楽はもう田舎の駄菓子屋ででも陳腐なものにちがいなかった。堯は一度もその玩具が売れたのを見たことがなかった。「何をしに自分は来たのだ」 彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪やパンや筆を買った・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・気のきかない、げびた、ちっともなっていない陳腐な駄洒落を連発して、取り巻きのものもまた、可笑しくもないのに、手を拍たんばかりに、そのあいつの一言一言に笑い興じて、いちどは博士も、席を蹴って憤然と立ちあがりましたが、そのとき、卓上から床にころ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・しになって、ちょっと思い当った事もありましたので、私の最近の行きづまりを女性を愛する事に依って打開したい等、がらにもない願望をちらと抱いた夜もあって、こんどの旅行で何かヒントでも得たら、しめたものだと陳腐な中学生式の空想もあったのでした。私・・・ 太宰治 「風の便り」
「官僚が悪い」という言葉は、所謂「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐で、馬鹿らしくさえ感ぜられて、私には「官僚」という種属の正体はどんなものなのか、また、それが、どんな具合いに悪いのか、どうも、色あざや・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・なんという、だらしない言葉だ。酒をくれ。なんという、陳腐な、マンネリズムだ。私は、これまで、この言葉を、いったい何百回、何千回、繰りかえしたことであろう。無智な不潔な言葉である。いまの時勢に、くるしいなんて言って、酒をくらって、あっぱれ深刻・・・ 太宰治 「鴎」
・・・という事になり、そこから恋愛がはじまるという陳腐な趣向が少くなかったようであるが、しかし、私のこの体験談に於いては、何の恋愛もはじまらなかった。したがってこれはちっとも私のおのろけというわけのものではないから、読者も警戒御無用にしていただき・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・実に、陳腐な、甘ったるいもので、私はあっけにとられたが、しかし、いまの此の場合、画のうまいまずいは問題でない。私のこんどの小説集は、彼の画のために、だめになってしまうかも知れないが、でも、そんな事なんか、全くどうだっていいのだ。男子意気に感・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・ひらかれたりするたびごとに、きっと欠かさず出かけますので、伯父とその女中さんとはお互い心易い様子で、女中さんが貯金だの保険だのの用事で郵便局の窓口の向う側にあらわれると、伯父はかならず、可笑しくもない陳腐な冗談を言ってその女中さんをからかう・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ お話のまえに、一こと、おことわりして置きたいこと、ほかではございませぬ、ここには、私すべてを出し切って居ませんよ、という、これはまた、おそろしく陳腐の言葉、けれどもこれは作者の親切、正覚坊の甲羅ほどの氷のかけら、どんぶりこ、どんぶりこ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・わかい男女の恋の会話は、いや、案外おとなどうしの恋の会話も、はたで聞いては、その陳腐、きざったらしさに全身鳥肌の立つ思いがする。 けれども、これは、笑ってばかりもすまされぬ。おそろしい事件が起った。 同じ会社に勤めている若い男と若い・・・ 太宰治 「犯人」
出典:青空文庫