・・・禁欲主義者自身の中でさえその禁欲主義哲学に陶酔の結果年の若いに自殺したローマの詩人哲学者もあるくらいである。映画や小説の芸術に酔うて盗賊や放火をする少年もあれば、外来哲学思想に酩酊して世を騒がせ生命を捨てるものも少なくない。宗教類似の信仰に・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうして枕を高くしてきたるべき審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。もっともこれは単なる・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 字を書くことの上手な人はこういう機会に存分に筆を揮って、自分の筆端からほとばしり出る曲折自在な線の美に陶酔する事もあろうが、彼のごとき生来の悪筆ではそれだけの代償はないから、全然お勤めの機械的労働であると思われる上に、自分の悪筆に対す・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ 九 短歌には作者自身が自分の感情に陶酔して夢中になって詠んだように見えるのがかなり多い。しかし俳句ではたとえ形式の上からは自分の感情を直写しているようでも、そこではやはり、その自分の感情が花鳥風月と同様な一つの対象・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ パール・バックは、文明の新しさに自分から陶酔している状態としてみているらしいけれども、客観的に世界の歴史の進んできた足どりからみれば、これはアメリカの世界最大の資本主義がもたらしている人間の悲劇です。 本当の知的生活が多くのアメリ・・・ 宮本百合子 「アメリカ文化の問題」
・・・ どうしても、偏狭や妥協、自己陶酔があると思う。一般的に気質の傾向が感情的だとされる女性にとって、これは有勝な事で、又恐ろしい事であると思わずにはいられない。 ひとむきは決して悪くはないであろう。しとやかな謙譲は褒むべき事であろう。・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 軋むような、しかも陶酔して弾かれているような旋律の細かく高いヴァイオリンの音につつみこまれた感じで、夜の一時頃ヴォージラールのホテルへ帰って来た。いつもは十二時過ると扉もおとなしく片開きにしてある入口が、今夜はさあっと開いたままで、煌・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・未開なバリ島の性の祭典には、けがされない性の陶酔があり、主人公のところに東京のひきさかれた生存の頽廃があるというコントラストだけがとらえられても、従属させられている男女の社会生活におけるヒューマニティーの課題はこたえられきれない。 ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 我々近代人を陶酔させる力はこれだ!』という工合にね。これは工場へ舞い込んでびっくりしているインテリゲンツィアの生産に対する異国趣味だ。労働者なら機械を見たとき、その機械に対するもっと異った注意や愛情、自分の道具としてそれを動かすプロレタリ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・自己陶酔と独善にうるさい覚醒をもとめてやまない近代精神、理性へのよび声そのものが、この種類の作家たちには気にそまない軽蔑すべきことであるのだろう。 過去三年の間、戦争に協力したという事情から消極な生活にあった作家群が、一九四九年に入って・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫