・・・急に険相な顔になって、「何だい、そのにらみざまは? 蛙じゃアあるめいし。手拭をここへ置くのがいけなけりゃア、勝手に自分でどこへでもかけるがいい! いけ好かない小まッちゃくれだ!」「一体どうしたんだ」と、僕がちょっと吉弥に当って、お君をふ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・美しい猫ではあるが気のせいかなんとなく険相に見える。臆病なうちの三毛はのら猫を見ると大急ぎで家に駆け込んで来るが、たまのほうは全く平気である。いつかのら猫といっしょに遊んでいるのを見たという報告さえあった。「不良少年になるんじゃないよ」など・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ そのころのメーデーといえば、全く勤労大衆の行進か、警官の行進か、という風であった。険相な眼と口を帽子の顎紐でしめ上げた警官たちが、行列の両側について歩いて寸刻も離れないばかりか、集合地点には騎馬巡査がのり出した。歩道には、市内各署の特・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・ おなかが空いたときの顔は誰しも些か険相で、男のひとたちは女よりもその表情が率直だと思う。おなかが空いた落付かない顔は、ああやって密集して順番を待っている人々の表情のなかで、更に一層焦立たしいような、焦立たしさを持ってゆく当途のないため・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫