・・・薄紅い影、青い隈取り、水晶のような可愛い目、珊瑚の玉は唇よ。揃って、すっ、はらりと、すっ、袖をば、裳をば、碧に靡かし、紫に颯と捌く、薄紅を飜す。 笛が聞える、鼓が鳴る。ひゅうら、ひゅうら、ツテン、テン、おひゃら、ひゅうい、チテン、テン、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・外の小川にはところどころ隈取りを作って芹生が水の流れを狭めている。燕の夫婦が一つがい何か頻りと語らいつつ苗代の上を飛び廻っている。かぎろいの春の光、見るから暖かき田圃のおちこち、二人三人組をなして耕すもの幾組、麦冊をきるもの菜種に肥を注ぐも・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・軟らかい緑の茎に紫色の隈取りがあって美しい。なまで噛むと特徴ある青臭い香がする。 年取った祖母と幼い自分とで宅の垣根をせせり歩いてそうけ(笊に一杯の寒竹を採るのは容易であった。そうして黒光りのする台所の板間で、薄暗い石油ランプの燈下で一・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ 二 あらゆる花の中でも花の固有の色が単純で遠くから見てもその一色しか見えない花と、色の複雑な隈取りがあって、少し離れて見ると何色ともはっきり分らないで色彩の揺曳とでも云ったようなものを感じる花とがある。朱色・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・少なくも子供たちに対する誘惑を無害な方面に転じる事になるだろうし、おとなに対しても三越というものの観念に一つの新しい道徳的な隈取りを与えはしまいか。生き物だから飼っておくのはめんどうだろうが。「三越に大概な物はあるが、日本刀とピストルが・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 彼は、吐瀉しながら、転げまわりながら、顔中を汚物で隈取りながら叫んだ。「俺は癒るんだ!」「生きてる間丈け、娑婆に置いて呉れ」 彼は手を合せて頼んだ。 ――俺が、いつ、お前等に蹴込まれるような、悪いことをしたんだ――と彼・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫