・・・そしてこの広い一室の中にはあらゆる階級の男女が、時としてはその波瀾ある生涯の一端を傍観させてくれる事すらある。Henri Bordeaux という人の或る旅行記の序文に、手荷物を停車場に預けて置いたまま、汽車の汽笛の聞える附近の宿屋に寝泊り・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・また昔は階級制度が厳しいために過去の英雄豪傑は非常にえらい人のように見えて、自分より上の人は非常にえらくかつ古人が世の中に存在し得るという信仰があったため、また、一は所が隔たっていて目のあたり見なれぬために遠隔の地の人のことは非常に誇大して・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争と云うものを免れない。十九世紀以来、世界は、帝国主義の時代たると共に、階級闘争の時代でもあった。共産主義と云うのは、全体主義的ではあるが、その原理は、・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・私はその時、私がどんな階級に属しているか、民平――これは私の仇名なんだが――それは失礼じゃないか、などと云うことはすっかり忘れて歩いていた。 流石は外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんな・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・一、官の学校にては、おのずから衣冠の階級あるがゆえに、正しく学業の深浅にしたがって生徒席順の甲乙を定め難き場合あり。この弊を除くの一事は、議論上には容易なれども、事実に行われざるものなり。その失、三なり。一、官の学校にある者は、みず・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・糧に乏しい村のこどもらが、都会文明と放恣な階級とに対するやむにやまれない反感です。 5 水仙月の四日赤い毛布を被ぎ、「カリメラ」の銅鍋や青い焔を考えながら雪の高原を歩いていたこどもと、「雪婆ンゴ」や雪狼、雪童子とのものがたり・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ この初期の二つの評論にはっきりあらわれているように階級の歴史的経験を、自身の実感としないではいられなかった著者が「評価の科学性」からのち、益々解放運動とその文学運動の中心課題にてい身してゆくにつれ、論策も主としてプロレタリア文化・文学・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・殊に屋賃をはじめ、将校の階級によって価が違うのは不都合である。休暇を貰っても、こんな土地では日の暮らしようがない。町中に見る物はない。温泉場に行くにしても、二日市のような近い処はつまらず、遠い処は不便で困る。先ずこんな事である。石田は只はあ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・海軍は階級制度がだらしなくって、その点陸軍の方がはっきりしていますからね。僕はいま陸軍から引っ張りに来ているんですが、海軍が許さないのです。」 水交社が見えて来た。この海軍将校の集会所へ這入るのは、梶には初めてであった。どこの煙筒からも・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 民衆のなかに右のような思想が動いていたとして、次に第二に、新興武士階級においてはどうであったであろうか。 新興武士階級も武力をもって権力を握ろうとする点において旧来の武士階級と異なったものではないが、しかし応仁以前の伝統的な武・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫