・・・養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも一番嬉しそうだ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・それから――こんな種々雑多の感情は、それからそれへと縁を引いて際限なく彼を虐みに来る。だから彼はこれらの感情が往来するのに従って、「死ぬ。死ぬ。」と叫んで見たり、父や母の名を呼んで見たり、あるいはまた日本騎兵の悪口を云って見たりした。が、不・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・もう草原に足がつきそうだと思うのに、そんなこともなく、際限もなく落ちて行きました。だんだんそこいらが明るくなり、神鳴りが鳴り、しまいには眼も明けていられないほど、まぶしい火の海の中にはいりこんで行こうとするのです。そこまで落ちたら焼け死ぬ外・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・』『それを積み重ねて、高い、高い、無際限に高い壁を築き上げたもんだ、然も二列にだ、壁と壁との間が唯五間位しかないが、無際限に高いので、仰ぐと空が一本の銀の糸の様に見える』『五間の舞台で芝居がやれるのか?』『マア聞き給え。その青い・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・燃材の始末、飼料品の片づけ、為すべき仕事は無際限にあった。 人間に対する用意は、まず畳を上げて、襖障子諸財一切の始末を、先年大水の標準によって、処理し終った。並の席より尺余床を高くして置いた一室と離屋の茶室の一間とに、家族十人の者は二分・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 欲を云えば際限がない。誰にも彼にも非常人的精進行為を続けて行けと望むは無理である。子を作り、財を貯え、安逸なる一町民となるも、また人生の理想であると見られぬことはない。普通な人間の親父なる彼が境涯を哀れに思うなどは、出過ぎた料簡じゃあ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 椿岳の畸行は書立てれば殆んど際限がないくらい朝から晩までが畸行の連続であった。芸術即生活は椿岳に由て真に実現されたので、椿岳の全生活は放胆自由な椿岳の画そのままの全芸術であった。それ故に椿岳の画を見るには先ずその生活を知らねばならない・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・談ずる処は多くは実務に縁の遠い無用の空想であって、シカモ発言したら々として尽きないから対手になっていたら際限がない。沼南のような多忙な政治家が日に接踵する地方の有志家を撃退すると同じコツで我々閑人を遇するは決して無理はない。ブツクサいうもの・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・そして又此れは独り能力のみに限らず時間的にも相当の際限は免れないのである。斯く思えば感覚の生活もやがて亡びて了うという事実も予想せずには居られない。 人間として生れて来た以上は、肉体に於ても、又精神に於ても各々其の経験を出来得る限り多く・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・日和の日中のようで、うらうらと照る日影は人の心も筋も融けそうに生あたたかに、山にも枯れ草雑りの青葉少なからず日の光に映してそよ吹く風にきらめき、海の波穏やかな色は雲なき大空の色と相映じて蒼々茫々、東は際限なく水天互いに交わり、北は四国の山々・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
出典:青空文庫