・・・いや、寧ろ与えたものは障碍ばかりだった位である。これは両親たる責任上、明らかに恥辱と云わなければならぬ。しかし我々の両親や教師は無邪気にもこの事実を忘れている。尊徳の両親は酒飲みでも或は又博奕打ちでも好い。問題は唯尊徳である。どう云う艱難辛・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ところがその晩の十二時に、例のごとくあの婆が竪川の水に浸った後で、いよいよ婆娑羅の神を祈り下し始めると、全く人間業では仕方のない障害のあるのを知ったのです。が、その仔細を申し上げるのには、今の世にあろうとも思われない、あの婆の不思議な修法の・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・この雑鬧な往来の中でも障碍になるものは一つもなかった。広い秋の野を行くように彼女は歩いた。 クララは寺の入口を這入るとまっすぐにシッフィ家の座席に行ってアグネスの側に坐を占めた。彼女はフォルテブラッチョ家の座席からオッタヴィアナが送る視・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・事実の障礙を乗り越して或る要求を具体化しようとする。もし思想からこの特色を控除したら、おそらく思想の生命は半ば失われてしまうであろう。思想は事実を芸術化することである。歴史をその純粋な現われにまで還元することである。蛇行して達しうる人間の実・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ブルジョアの勢いが失墜して、第四階級者が人間生活の責任者として自覚してきた場合に、クロポトキン、マルクス、レーニンらの思想が、その自覚の発展に対して決して障碍にならないばかりでなく、唯一の指南車でありうると誰がいいきることができるか。今は所・・・ 有島武郎 「片信」
・・・何、牛に乗らないだけの仙家の女の童の指示である……もっと山高く、草深く分入ればだけれども、それにはこの陽気だ、蛇体という障碍があって、望むものの方に、苦行が足りない。で、その小さなのを五、六本。園女の鼻紙の間に何とかいう菫に恥よ。懐にして、・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 殊に失明後の労作に到っては尋常芸術的精苦以外にいかなる障碍にも打ち勝ってますます精進した作者の芸術的意気の壮んなる、真に尊敬するに余りがある。馬琴が右眼に故障を生じたのは天保四年六十七歳の八、九月頃からであったが、その時はもとより疼痛・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そして次の障碍競走では、人気馬が三頭も同じ障碍で重なるように落馬し、騎手がその場で絶命するという騒ぎの隙をねらって、腐り厩舎の腐り馬と嗤われていた馬が見習騎手の鞭にペタペタ尻をしばかれながらゴールインして単複二百円の配当、馬主も騎手も諦めて・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私はこれをきき、そしていま、単身よく障碍を切り抜けて、折角名人位挑戦者になりながら、病身ゆえに惨敗した神田八段の胸中を想って、暗然とした。 東京の大阪に対する反感はかくの如きものであるか。しかし、私はこれはあくまで将棋界のみのこととして・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ことにその恋愛が障害にぶつかるときには勉強が手につかないようなこともある。ことには恋愛に熱中し得る力は、また君につくし、仕事にささげ得る力であることを思えば、生ぬるい恋の仕方をむしろしりぞけたくなる。だからこれは恋する力が強いのが悪いのでは・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫