・・・文人自身も亦此の当然の権利を主張するを陋なりとする風があって、較やもすれば昔の志士や隠遁家の生活をお手本としておる。 世界の歴史に特筆されべき二大戦役を通過した日本の最近二十五ヵ年間は総てのものを全く一変して、恰も東京市内に於ける旧江戸・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・天性からも、また隠遁的な学者としての生活からも、元来イーゴイストである彼の小自我は、その上におおっている青白い病のヴェールを通して世界を見ていた。 もっとも彼がこう思ったのはもう一つの理由があった。大学の二年から三年に移った夏休みに、呼・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・霧は禁慾的な、隠遁的な気分に満ちて居る。 私は今の処は霧の方を好いて居る。 冷静な頭に折々はなりたいと思うからだ。 霧の立ちこめた中に只一人立って、足元にのびて居る自分の影を見つめ耳敏く木の葉に霧のふれる響と落葉する声を聞いて居・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・ 一八九〇年代のフランス文学の潮流は、一方に象徴派が隠遁超脱の城に立てこもり、一方には自然主義者たちが、象徴派の人々の神経病を嗤っているという時代であった。アンドレ・ジイドは「ワルテルの手記」によって後者の庶民的生活力には結びつかず、象・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 何の音もしない、何の色もない、すべての刺戟から庇護された隠遁所を求めて、悲しく四方を見まわし、萎え麻痺れるようになった頭が、今にも恐ろしい断念をもって垂れそうになって来ることもある。 けれども、そういうもう一歩という際で、彼女にま・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・もう激しい世の中から隠遁してしまいたくなっているのである。 けれども、そうは出来ない彼は、また自分の心がそれを望んでいるのだとは気づかない彼は、老耄が、もう来たと思った。が、それを拒むほど、彼は若くていたくもなかったのである。 心が・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫