・・・こういうとただ華麗な画のようですが、布置も雄大を尽していれば、筆墨も渾厚を極めている、――いわば爛然とした色彩の中に、空霊澹蕩の古趣が自ら漲っているような画なのです。 煙客翁はまるで放心したように、いつまでもこの画を見入っていました。が・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・とはいうものの『八犬伝』の舞台をして規模雄大の感あらしめるのはこの両管領との合戦記であるから、最後の幕を飾る場面としてまんざら無用でないかも知れない。 が、『八犬伝』は、前にもいう通り第八輯で最高頂に達し、第九輯巻二十一の百三十一回の八・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・軽部は小柄なわりに顔の造作が大きく、太い眉毛の下にぎょろりと眼が突き出し、分厚い唇の上に鼻がのしかかっていて、まるで文楽人形の赤面みたいだが、彼はそれを雄大な顔と己惚れていた。けれども、顔のことに触れられると、何がなしいい気持はしなかった。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 折田はそれには答えず、「どうだ。雄大じゃあないか」 それから顔をあげようとしなかった。堯はふと息を嚥んだ。彼にはそれがいかに壮大な眺めであるかが信じられた。「休暇になったから郷里へ帰ろうと思ってやって来た」「もう休暇か・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ しかしかかる評価とは、かく煙を吐く浅間山は雄大であるとか、すだく虫は可憐であるとかいう評価と同じく、自然的事実に対する評価であって、その責任を問う道徳的評価の名に価するであろうか。ある人格はかく意志決定するということはその人格の必然で・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・この山系とは独立して右のかたはるかにそびえている雄大な山塊は八が岳であろう。ここから見て初めて八が岳の大きさ高さが納得できるような気がした。 ホテルの付近の山中で落葉松や白樺の樹幹がおびただしく無残にへし折れている。あらしのせいかと思っ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参って、室戸岬の荒涼で雄大な風景を眺めたり、昔この港の人柱になって切腹した義人の碑を読んだりしたが、残念ながら鯨は滞在中遂に一匹もとれなくて、ただ珍しい恰好をして五色に彩色された鯨漁船を手帳にスケッチしたりし・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・人間が懺悔して赤裸々として立つ時、社会が旧習をかなぐり落して天地間に素裸で立つ時、その雄大光明な心地は実に何ともいえぬのである。明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚剥ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・でき得るならば、子規にこの拙な所をもう少し雄大に発揮させて、淋しさの償としたかった。 夏目漱石 「子規の画」
・・・「もっとも崇高なる天地間の活力現象に対して、雄大の気象を養って、齷齪たる塵事を超越するんだ」「あんまり超越し過ぎるとあとで世の中が、いやになって、かえって困るぜ。だからそこのところは好加減に超越して置く事にしようじゃないか。僕の足じ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫