・・・などは井伏さんの作品には珍らしく、がむしゃらな、雄渾とでもいうべき気配が感ぜられるようである。 私は、第一巻のあとがきにも書いておいたように、井伏さんとはあまりにも近くまた永いつきあいなので、いま改って批評など、てれくさくて、とても出来・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・芭蕉の俳句は変化多きところにおいて、雄渾なるところにおいて、高雅なるところにおいて、俳句界中第一流の人たるを得。この俳句はその創業の功より得たる名誉を加えて無上の賞讃を博したれども、余より見ればその賞讃は俳句の価値に対して過分の賞讃たるを認・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そのために、鳥居とそのうしろの雄渾な反り橋の様式化に応じて、これらの人物は人物ながら、静的に、自身の動きを消されたものとして、衣紋さえ、こちらの群の人たちの写生風なのとは全然違った様式で統一している。 更に、思わず私たちの唇をほころばせ・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・有名なバチカンの壁画など見ていると、宇宙的なミケランジェロの雄渾さとともに一種のみのがせない憂鬱がある。ミケランジェロの伝記を読むと、彼があれほどの才能を持ちながら、法王の我ままと気まぐれのためにどんなに圧迫されたかがよくわかる。ルネッサン・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・トルストイは、自身の全存在をかけて雄渾に且つ悲劇的に自身の懐疑ととりくみ、そのことに彼流の矜恃をも感じているのである。ツルゲーネフが、自身の生活はなまあたたかく動揺のないところに引こめておいて、傍観的な人生に突っこみの足りない態度で小説を書・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・ここで藤村は雄渾な自然「削りて高き巖角にしばし身をよす二羽の鷲」の、若鷲の誇高き飛翔を描き「日影にうつる雲さして行へもしれず飛ぶやかなたへ」という和歌の措辞法を巧に転化させた結びで技巧の老巧さをも示しているのであるが、「春やいづこ」にしろ、・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ 巨人の檻 バルザックは、徹底的に、雄渾に、執拗に人間生活の関係を描く作家であった。大抵の才能ならば、その白熱と混沌との中で萎えてしまいそうなところを、踏みこたえ、掌握し、ときほぐし、描写しとおしたところに、こ・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・我々が『イリアス』を読んでその雄渾清朗な美に打たれるとき、我々は真実にギリシア人の血を受けるのである。かくしてこそ我々は人類の内に生き人類の意志を意志とすることができるであろう。「人類」がかくのごとき永遠にして現前せる創造者であるとすれ・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫