・・・いつものように夫婦仲よく並んで泳いでいたひとつがいの雄鳥のほうが、実にはなはだ突然にけたたましい羽音を立てて水面を走り出したと思うとやがて水中に全身を没してもぐり込んだ。そうしてまっしぐらに水中をおそらく三メートル以上も突進して行って、静か・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・す物語り思ひ出つゝ我髪を 切りて作りぬ細き指環を生れ出て始めてふるゝ三味の糸 うす黄の色のなつかしきかな調子なき思のまゝをかきならす ざれたる心我はうれしきそぼぬれし雄鳥のふと身ぶるひて 空を見あぐる・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・一羽の衰えた雄鳥と四羽の雌鳥は子供達の眼をかすめて、早い動作をもって、豊かでない腹をみたして居る。人間も鶏も食物に対する饑えたものの特別に緊張した気持で一方は一瞬の間でも早く自分等の口に煮物が入る事を望み、一方は、無意識の間に一粒でも多く食・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 活字でおしたまま、線の思いがけなくまがって居るのや、 字のあべこべにつまって居たりなんかするのは、気まぐれなほほ笑まれるような気になる事だ。 雄鳥の、雨が降ると今までピント中世紀の武士の頭かざりのような尾をダラリとたれ・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫