・・・「しかし、二斗なんてお酒が集まるか?」「集まらない、かも知れん。わからないが、やってみる。心配するな。しかし、いくら田舎だってこの頃は酒も安くはないんだから、お前にそこは頼む」 私は心得顔で立ち上り、奥の部屋へ行って大きい紙幣を・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・一箇の釜は飯が既に炊けたので、炊事軍曹が大きな声を挙げて、部下を叱して、集まる兵士にしきりに飯の分配をやっている。けれどこの三箇の釜はとうていこの多数の兵士に夕飯を分配することができぬので、その大部分は白米を飯盒にもらって、各自に飯を作るべ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・咲く花に人の集まる処を廻ったり殊更に淋しい墓場などを尋ね歩いたりする。黒田はこれを「浮世の匂」をかいで歩くのだと言っていた。一緒に歩いていると、見る物聞く物黒田が例の奇警な観察を下すのでつまらぬ物が生きて来る。途上の人は大きな小説中の人物に・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ 何か月か何年か、ないしは何十年の後に、一度は敵国の飛行機が夏の夕暮れにからすうりの花に集まる蛾のように一時に飛んで来る日があるかもしれない。しかしこの大きな蛾をはたき落とすにはうちの猫では間に合わない。高射砲など常識で考えても到底頼み・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 何箇月か何年か、ないしは何十年の後に、一度は敵国の飛行機が夏の夕暮れに烏瓜の花に集まる蛾のように一時に飛んで来る日があるかもしれない。しかしこの大きな蛾をはたき落すにはうちの猫では間に合わない。高射砲など常識で考えても到底頼みになりそ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・「類をもって集まる」ということわざは植物にも当てはまるようである。しかし、それは、植物が意識して集まって来るのではなくて、同じ環境がおのずから同種の生命を養う、と言ったほうがもっともらしいように思われるのである。 そうかと思うとたと・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・時刻が来るとおおぜいの子供が甲板へ集まる。食卓には日本製の造花を飾り、皿にクラッカーと紙旗とをのせたのを並べてある。見るだけでも美しいトルテや菓子も出ている。子供らは N. L. D. の金文字を入れた黒リボン付きの紙帽子をかぶり、手んでに・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・呼込みの男が医学と衛生に関する講演をやって好加減入場者が集まる頃合を見計い表の幕を下す。入場料はたしか五拾円であった。これも、わたくしは入って見てもいいと思いながら講演が長たらしいのに閉口して、這入らずにしまった。エロス祭と女の首の見世物と・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・このカメロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返えすとも数えがたきに、一人として北に行かぬランスロットの病を疑わぬはなし。束の間に危うきを貪りて、長き逢う瀬の淵と変らば……」といいながら挙げたる手をはたと落す。かの腕輪は再びきらめいて、・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・一座の視線は悉く二人の上に集まる。高き窓洩る夕日を脊に負う、二人の黒き姿の、この世の様とも思われぬ中に、抜きかけた剣のみが寒き光を放つ。この時ルーファスの次に座を占めたるウィリアムが「渾名こそ狼なれ、君が剣に刻める文字に耻じずや」と右手を延・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫